奇妙な旅人・6

「いいの……?」ユイはきょとんと、自分よりも幾分も背の高いシイハを見上げた。

「本来、旅人というのは、その地の風習に干渉してはならない。それが例え、自分にとって許しがたいことであっても」


 ごく当たり前のことだ。郷に入れば郷に従えと先人たちは謳ったし、他所の大地に外から持ち込んだ種子を植えられないのは常識である。


「一度は断ったものの、干渉してしまった以上は仕方ありませんね──と、」


 シイハは、彼女の装いを改めてまじまじと見た。泥まみれで灰色になった白い髪、汚れた布を纏っただけの服、砂礫の大地を歩くには不適切な素足。


「これじゃまるで人買いか人攫いだ。万国共通の犯罪者だ」

「……?」

生憎あいにく、貴女の身体に合いそうな服は持ち合わせていませんし……あ、そうだ。一旦、ここにくる途中に立ち寄った都に戻りましょう。砂っぽいのは変わりませんが、そこそこ栄えたところでしたよ」

「都……いってみたい!」


 それがどういう場所かは知らないが、シイハの口ぶりからするに、きっと楽しいところであろう。ユイは大きく頷いた。


「よし、そうと決まったら」


 ローブの裾に入れたコンパスを確認し、広大な砂礫の大地へと一歩踏み出した──その時。ビュンッと空を切る音とともに、何かがシイハ目掛けて飛来した。


「わっ!」


 反射的に、機械が剥き出しになった腕で首を庇う。ベキッ、と無機物が割れたり潰れたりする不快な音がして、脱力した肘から先がだらりと垂れた。


「……っつ……」

「旅人さん!」ユイが叫ぶ。


 何が起こったのか、大体の予想はついている。のだ。


「その子をどこに連れていくつもり?」


 蹴りを繰り出した後で軽くバックステップを踏むリラを先頭に、白い綿毛の群れが砂煙の中からざっ……と現れる。


「さすがはラヴィ。強靭な脚での強烈な蹴りだ。腕が生身だったら、勢い余って首まで吹き飛んでましたよ」


 シイハは、無事な方の左手でじんと痛む首に触れた。よかった。ついてる、ついてる。


「この子をどうするおつもりですか」

「貴方には関係のないことよ!」


 リラが足元の砂を蹴り上げた。目の粗いつぶてが弾丸のように降り注ぐのを、ユイを庇いつつ背中のリュックで受ける。


「ラヴィが食人族だったのは、遥か昔の話です。物資が流通するようになってから代用肉も生産され、わざわざ人を食べる必要はなくなった。しかし、人肉には強い中毒性がある……共喰いをしなければならないほどにね」

「シイハ! よけて!」


 やり過ごしたと思った刹那、ぎらりと光る赤い目が真横から現れる。避けるか? いや、間に合わない。ならば、とまだ無事な左腕で受ける。振りかぶった鉄骨のようなリラの足の甲が、右腕と同じ素材でできた機械の義肢を砕いた。


「あら、両腕とも義肢だったの。でも残念。それじゃあ使い物にならないわ」


 トン、と軽く着地。


「貴女も。さすがに無傷じゃいられなかったようだ」


 リラが、そう言われて初めて視線を下げる。義肢に当たった甲の先が、足首からぐにゃりとあり得ない方向に曲がっていた。


「あっ……」


 自覚したと同時にバランスを崩し、その場に倒れ込んだ。あの時、彼は単純に蹴りを受け止めたのだと思った。当たった瞬間に力を込めて、わずかに反発したのだ。ほんのわずかに。


(それだけで、こんな……?)


 リラの頬に、冷や汗が伝った。


「この腕は特別製、なんですよ。ああ……もう、ネジがイカれたな。また修理しなきゃ……」


 とはいえ、両腕を損傷した。シイハは玩具みたいに垂れ下がった腕をぶらぶらと揺らし、取り敢えずはユイが無事であることを確認して安堵する。


 リラ以外の少女たちは、その様子をはらはらと静観していた。本当は、戦う術など持ち合わせていないのかも知れない。


「ま、待ちなさい! 愚か者! みんなが犠牲になって繋いだ命を、無駄にするっていうの!? ユイ! 私たちを見捨てるの! この……、余所者が! 許さない。絶対に許さない!!」


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