奇妙な旅人・5

 嗚呼。わたし、死ぬんだ。

 みんなのところにいくんだ。


 目蓋の裏に、ともに育った姉妹たちの姿が浮かぶ。彼女たちはもうこの世にいない。綺麗な花が舞い散る場所で、優しく笑って手招きしている。ユイは、助けを求めるように手を伸ばした。


 ガキィィン!!


「な……!?」


 リラの驚きと戸惑いの声に目を開けると、逆光に浮かんだ幾筋いくすじかの金糸がふわりと泳いだ。自然風の入らないこの場所で吹く風の流れは、その人物が勢いよく動いたことによるものだとすぐに理解する。


「穏やかじゃありませんねぇ」


 ──シイハが、やれやれといった様子で口を開いた。


「ど、どうして貴方がここに……!」


 刃を受け止める左腕のローブがはらりと捲れ、柔らかさのない無機質な肌色が露わになった。青い火花がバチバチと散り、内部のが剥き出しになる。


「この腕は特別製でしてね。物騒なモノを取り上げるついでに、貴女の首を折ることも容易い」

「旅人さん……」


 不安げなユイの声が聞こえたかどうかは分からないが、シイハは斧の刃を逆手で掴み、リラごとあさっての方向へと放り投げた。


「きゃあッ!?」


 悲鳴もすぐに遠ざかる。暗がりの、どこか中ほどにどさりと重いものが落ちたことはわかった。思いのほか、ここは広い空間のようだ。


「こんな痩せた肉、解体するのも一苦労でしょうに。──大丈夫ですか?」


 呆れたように言ってからユイを抱き起こし、軽々と持ち上げる。


「う、うん……でもどうして?」

「私としたことがうっかり、一宿の御礼を言い忘れてしまいまして。戻ってリラさんを捜していたら、貴女と彼女が異様な空気感で歩いているのを見かけたんです。んで、後をつけたらコレで。結局、お礼は言えませんでしたね」


 一歩進むと辺りは暗闇の海にとっぷりと沈み、何も見えなくなる。目を開けているのか、閉じているのか分からずに、ユイは何度か瞬きをした。景色は変わらない。


 ほとんど布を纏っただけのワンピース越しに、シイハの冷たい手の感触がした。離れないようにしっかりと、だが遠慮がちに、彼の首に手を回す。


 一寸先も見えないというのに、シイハは迷いなく足を進めていた。時折身体が大きく揺れ、足元の障害物を飛び越えたのがわかった。


「こんなに暗いのに、下が見えるの?」

「ええ、まあ」

「リラは?」

「結構遠くまで放り投げたので、直ぐには追いつけないでしょうよ。普通は前も見えないし」

「放り投げた……」


 シイハが歌でも唄うように、信じられないようなことを淡々と言う。……やがて、柔らかく光の射す空間に辿り着いた。脆くなった石壁の隙間から外の光が漏れているようで、土埃がきらきらと舞っている。


「ここまでくれば、もう大丈夫でしょう」


 平たい岩の上にゆっくりと身体をおろされ、ようやく地に足がつく。いつ負ったのか、細かい切り傷と赤黒い泥でボロボロだった。


「どうして助けてくれたの?」ユイが問う。

「ん、」


 シイハはよいせとリュックをおろし、サイドポケットから水の入ったボトルと乾いた布をてきぱきと取り出していた。彼のリュックは、なんでも出てくる玩具箱のようだ。


「助けるつもりはありませんでしたよ。……だけど、つい手を出してしまいました。貴女が生きることを諦めようとしたからです」


 水で濡らした布で、丁寧にユイの脚を拭う。できたばかりの生傷に布が触れて、時折ちくりと滲みた。


「……はい、綺麗になりましたよ。ラヴィは脚を大事にしなきゃね」


 シイハが新しい布で怪我の部分を覆い、慣れた手つきで結び目をつくる。いくらか気分も落ち着いたようで、ユイはようやく立ち上がった。


「これからどうしよう」

「そうですねえ、勢いあまって助けてしまいましたし……」


 シイハが出口を塞いでいる大きな岩板を軽々と持ち上げ、横にずらした。遮るものがなくなった陽光が強くなる。


「一緒にいきましょうか」


 逆光のなかで煌めく金色の髪が、ふわりと風に靡いた。

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