第4話 道程
俺は森の中の、踏み固められた道を歩きながら考える。
異世界とは言うものの地面、土はもちろん、周囲に生える木…、俺たちと共にいる犬、少年だって元の世界と変わらぬ、馴染みのある造形をしていた。
そしてなにより—————
——言葉が、通じている。
コミュニケーションを取れるのは幸いなのだが、多少なり不気味ではある。そういえば…
「なあ、君の名前を聞いて良いか?」
呼びかける度に「なあ」、「おい」では不便なのだ。ココまでの道中、既に2回ほどナインと少年が同時に返事をしている。
「はい!ボクの名前はアンソニー・アイテムって言います!」
「みんなからはトニー、って呼ばれてます!」
「なあトニー、あんまり敬語だと逆に気を遣っちゃうんだけど…」
善意ではあるだろうが、右も左も分からない世界で———見かけは12歳くらいだろうか。
正直、トニーを信用出来る訳も無し、明日どころか5分先すら分からない状況で敬語を使われていると気味が悪くなってくる。
トニーはハッとした後、顔の前で手を合わせて言った。
「ごめんね?これからは気をつけるよ…」
………器用な子だ。
「そうだ!ボクの村の人たちは、み〜んな優しいからさ、困ったことがあったらなんでも言ってね!」
「なにせ、ボクの命の恩人なんだから!」
「ありがとう、恩に着るよ」
他愛のない会話をしながらトニーの暮らす村へと向かう。
ザッ、ザッ、…と足音だけが響くなか、ふと違和感を覚えた。
………足音が1つ多い————。
気づいた瞬間、俺は飛び退きつつ後ろを見る。
すると…、
ナインが、“歩いていた”———。
「お前、歩けるのかよ!?」
心底驚いて叫んでしまった。
完全に、コイツは浮いて移動するものだと思い込んでいた。
ナインは頭に?を浮かべながら
「足、付いてるじゃない?」
と言い放った。
確かにそれはそうだが…
「いや…、そうだな、急に叫んですまない」
いつも宙に浮いて、いつも俺が見上げていた女の子は、地に立ってみれば俺の胸ほどまでの背丈しか無かった。
「なんで謝るの?アタシがアナタを驚かせたくて歩いてたんだから、こっちがお礼を言いたいくらいよ!」
そう言うナインは、またも笑顔だった。
「アタシのこと、全然かまってくれないからビックリさせようと思って!」
より良い笑顔でそう言った。
「充分ビックリしたさ…、だからもうやらないでくれるか?ナインのことが嫌いになりそうだ」
———脅威の接近に気付けなくなるから、
———からかわれたのが悔しくて、
———意地悪で。
俺は冗談混じりに、『なんとなく』自分に好意を持ってくれている、と思わしき女の子に、そう言った。
———見下ろした女の子は…、泣いていた。
立ち止まり、涙を流して泣いていた。
『こんなことになるなんて思わなかった!』
——自分がしたことを後悔するような目で、
『悪気なんて無かった!』
——自身の潔白を訴えるような目で、
『アナタと、話がしたかった!』
————許しを請うような目で、こちらを見上げて泣いていた。
俺はあまりにも突然の出来事に、呆然と立ち尽くすことしか出来なかった。
なにも泣かせるつもりじゃなかった、ちょっとビックリさせてやろうと思って吐いた言葉だ、本心じゃない…!
それに…そもそも、どうしてこの子はこんなに俺のことを…?
「あーーー!!!ダメだよ泣かしちゃ!!」
トニーの声が響いた。俺はハッ、としてトニーに向き直る。
「そんな、心にも無いこと言って!真に受けちゃってるじゃんか!」
助け舟を出してくれている。
俺は恐る恐るナインに目を向け、言った。
「意地悪言ってごめん、ナインのことは嫌いにならないよ」
すると彼女は呆けた顔で呟いた。
「ほんとう…?」
———俺は笑顔で、首を縦に振る。
「よかった…!」
笑顔に戻ったナインは飛び上がり、俺の頭に勢いよく抱きついてきた。
「アタシのことが好きなら最初に言っておいてよね!ずっと不安だったんだから!」
(そこまでは……言ってない………)
バランスを崩し倒れ込む中、目に入ったトニーの顔は呆れていた。
「ボクの村はもうそこだから、日が暮れる前に向かうね…」
「はーい!」
すっかり上機嫌になったナインは元気よく返事をし、頭から離れる。
少しして俺も立ち上がり、安堵感と———少しの不安を胸に抱えて歩き出す。
「はやくー!置いてくよー!」
どうやら森の出口らしい。
俺は少し駆け足気味に、2人と一匹の元へ向かった。
怪文書No.9 まよ川まよい @hachikuji_0
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