第3話 新生

気が付くと森の中にいた。

俺の周りだけ開けている——まるで俺のためだけに用意されたかのような森の中に俺は立っていた。


………隣の子は宙に浮いていた——。



「説明があるんだろ、転生、というか世直しがどうとかって言ってたこと」


俺は彼女、ナインに向き直り説明を促した。


「んーーー……っと、アタシも彼にそう“造られた”だけだからよく分かんないんだよね!」


ナインが変わらない、良い笑顔でそう言った刹那———


そう遠くない、森の中から獣の叫び声のような音と、


か弱い悲鳴が森に響いた——。


内心ビビってはいた、でも…


“誰かが暴力を振るわれている”


そう、確信があった。


「ナイン、行くぞ!」


振り返ると、顔を真っ赤にしてニヤついている女の子の姿が目に入った。


「ナイン……って、急に呼び捨てだなんて、嬉しいけど、心の準備が…!」


なにを言ってるんだコイツは———、俺はたまらず、モジモジしているナインに声をかける。


「置いてくぞ!」


「今行くってば!!」


俺たちは、2人で森の奥へと駆け出した。


「———大丈夫か!」


眼前には小さな黒い犬と少年が1人———


それともう一匹、人型ではある、が…


緑がかった肌に、大きな鼻と口、鋭い牙。


重量だけで人間の胴体が千切れそうな斧を持った、焦点の合わない眼でこちらを見つめるバケモノがいた。


「なんだ…コイツは……」


言ってはみたが大体わかる、「ゴブリン」とか「オーク」とか言われてるヤツらだろう。


もっとも、こんなヤツら、ファンタジーでしか見たことないが。


「なるほど、転生ってのが分かった気がしたよ…」


俺がそう呟くと、緑の化物は身体をこちらへ向け、ゆっくりと歩き出した。


——死。


今までに無い解像度で“死”が俺の喉元に突きつけられる。こんなファンタジーな世界観にも関わらず、だ。

冷や汗が止まらない、俺は何のために武器を捨ててきたんだっけ———。


「ピンチになんかさせないよ、大丈夫。アタシはその為にココにいるんだから!」


ナインがオークに向かって手を翳すと、化物の歩みが止まった。

化物は斧を地面に置き、興味なさげに少年と犬、俺たちを見回すと、森の奥へゆっくりと姿を消した…。


「…どういうことだ?」


頭の整理が追いつかない、一度殺されてからはこんなことばかりだ。


「アタシの力は“非、暴力!”どんな相手の武装も…、争う意志ごと消しちゃうんだから!」


と自慢げに語るナイン、なるほど合点がいったぞ。

コイツは俺の生きていた時代、生きていた国の、俺が愛した、死守したかった“ルールそのもの”——、『特典』というにはピッタリだな。


フードの男は俺に、“この世界”から争いを無くして欲しかったんだろう。なんだ、適任じゃないか。


「ナイン、俺はさ…」


俺はナインに死ぬ前のことを語り出す。

自信が平和主義者であること、世界平和のために活動してきたこと、その団体、仲間のこと、もちろん…、石川のことも———。


「俺はお前と、この世界でSWORDsをやり直したい、力になってくれ」


「そう言ってくれると思った!…ふふふ、アタシたちで平和を実現するわよ!」


心底楽しそうな笑顔に、俺も釣られて笑顔になってしまう。

ふ、と気づくといつの間にか、俺の足に小さな黒い犬が擦り寄って来ていた。


「あの!ありがとうございます!」


少年が声をかけてくる。

聞けば、少年は近くの村で暮らしていて、今日は森へ果物を採りに入ったそうだ。

夢中になるうち奥まで入り込み、化物の行動範囲に辿り着いてしまったらしい。


「ボクの村に来ていただけませんか?今日のお礼もしたいし、その、ほら…クロも懐いてることですし!」


少年の話を聞いている間、ナインはずっと犬を撫でていた。クロ、っていうのか、コイツ。


「この世界には来たばっかりでアテもないし、宿があるならありがたい、案内してくれ」


さんせー!!とナインの声もした。

反対されようが連れて行くつもりではあったが、なにせ2人だけの新生SWORDs だ、意見が合うに越したことはない。


「こちらです、どうぞ」


少年の後ろに俺とナイン、クロなる子犬が付いていく。


ナインの力には驚かされたが、俺が欲しかった力であることに変わりはない。

納得できないことは多々あるが、正直、楽しみになってきている。これから俺たちはどんな世界で生きるのか、何人救うのか…


現実には無かったこの力を思えば、なるほど石川の言うことも100%間違いだとは言い切れなかったのかもしれない。

石川達の分まで、俺がこの世界に平和を齎してみせる———。


そんなことを思いながら、俺たちは村への歩みを進めるのだった。

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