百番目 002



 私とモモくんは住宅地の外れまで徒歩で移動し、そこから馬車に乗って山道を登っていた。と言っても、貴族が乗るような立派なものではなく、造りも粗雑な荷物を運搬する用の馬車だ。



「……結構遠くまで行くんだね。馬車移動とは思わなかったよ」



「いつもは使わないけどな。あんたが音をあげそうだから、仕方なくだ」



「優しいんだね、モモくん」



「……黙って座ってろ」



 そんなやり取りを挟みつつ、私たちは二時間程荷台に揺られる。



「着いたぞ、降りろ」



「降りろって、これ、止まってないよ?」



「そんな親切な御者じゃねえ。いくぞ」



 彼の合図に合わせ、私は勢いよく荷台から飛び降りた……痛い。



「運蔵神経がないにも程があるだろ。普通足から着地するんだよ」



 尻もちをつく私の隣に颯爽と降り立ったモモくんは、子どものような笑みを浮かべる。彼の無邪気な表情を見れたので、これはこれでよかったということにしておこう。



「いつまでも座ってないでさっさと立て。少し歩くぞ」



 私は急かされるまま荷物を担いで立ち上がり、早足で進んでいくモモくんの後を追う。


 ここは……山の中腹辺りだろうか。森の中を何の目印もなく分け入っていく彼の様子から見て、幾度もこの場所を訪れたことがあるのだろう。けれど、こんなところに一体何が……。


 若干不安に思い始めたところで、一気に視界が開けた。


 人工的に切り開かれた土地――その片隅に、崩壊した石造りの建造物。



「……あれって、教会?」



 原型をとどめない程崩れてしまっているが、所々に見受けられる特徴的な形から推測するに、あの建物は元々教会だったのだろう。


 私の言葉を肯定するように、モモくんは頷いた。



「もう何十年も前にぶっ壊れちまったそうだ……今じゃ誰も寄り付かない、崇める神すら見捨てた場所だよ」



 そういう彼の横顔は、少しだけ寂しそうで。


 か弱い女の子のようだった。



「……ここに、一体何の用があるの?」



「ついてくればわかる」



 モモくんは協会に向かって、静かに歩き始める。私もそれに合わせて、慎重に一歩を踏み出した。


 中に入ると、案の定と言うか予想通りと言うか、内部も滅茶苦茶になっていた……そもそも屋根も崩れて壁も壊れているので、ここを内部と表現するのも違和感があるけれど。


 モモくんは確固たる意志を持って進み、古びた教壇の裏に回り込んだ。



「ここから地下に降りる……暗いから気を付けろ」



 そう言う彼の身体がふっと消える。


 私も急いで教壇の近くまで向かうと――そこには、地下へと続く階段の入り口が、ぽっかり穴をあけていた。


 ……なるほど、彼の目指していた場所はこの下のようだ。暗く湿った空気が流れ出るこの先に、何が待っているというのだろうか。



「早く来い」



 既に姿が見えなくなったモモくんに言われるがまま、私は不気味な階段を降り始める……人一人通るのがやっとという閉塞感も相まって、普通に怖い。


 半ば目を瞑りながら降っていくと、下の方に灯りが見えた。どうやらあそこがゴール地点のようだ。



「――っ」



 誘蛾灯に導かれる蛾のように灯りを目指した私は――思わず息を飲む。


 狭い階段を抜けたその先には、大きな地下室が広がり。

 いくつものベッドが、置かれていた。


 そしてその上に――人。


 が、何体も横たわっていた。



「ああ、すまん。初めて見るときついか」



 私の反応を見て、モモくんは申し訳なさそうに謝る。恐らく彼にとっては見慣れた光景なのだろうが、しかし未だに目の前の状況を把握できていないこちらからすれば、異様な景色であることに間違いはない。


 なんなら――吐き気すら催してしまうような。


 ある者は、皮膚がドロドロに溶けて肉や骨が露出し。

 またある者は、四肢が欠損した上に目玉がくり抜かれ。

 ある者たちは、一つの身体から二つの頭部と十六の腕を生やしている。



「……ごめん、モモくん……うっ――」



 あまりに現実離れした凄惨な空間に耐え切れず、思わず背を向けて吐き気を堪える。



「……まあ、そうなるか。すまん、俺の配慮が欠けてた……ただ言い訳させてもらえるなら、他人に見せることなんてないと思ってたし、俺はもう



 彼は重ねて申し訳なさそうに謝った。


 感じなくなった、ということは。


 以前は――何かを感じていたのかもしれない。



「あいつらは、俺やイチと同じだ」



 モモくんはゆっくりと語り出す。


 地下室にいる、人間らしきナニカたちについて。



「ここにいるのは、ナンバーズ計画の被験者たち……一番目から五〇番目のうち、スキルに適合できなくて、身体が崩壊しちまった奴らだよ」


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