百番目 001



 不死身の令嬢を匿ってくれるというモモくんたち「カンパニー」のお言葉に甘え、私は三度彼らの隠れ家に訪れていた。


 先の二つとは違い、今度の隠れ家はロエリアの中心地からそう遠くない閑静な住宅街に居を構えていた……何だろう、普通に良いお家だ。こんな物件も所有しているなんて、やっぱり殺し屋というのは儲かるらしい。


 今現在、この立派な煉瓦造りの家にいるのは四人――私とモモくん、それにニトイくんとマナカさんだ。三階建てという大きさと部屋数の多さもあって、四人いてもまだまだ余裕がある。



「おい、あんた。仕事だ」



 ヤジさんとの戦闘で負傷した二人をそれぞれ別の部屋で休ませ、一階のリビングに降りていくと――通信魔法具を使っていたモモくんにそう声を掛けられた。



「仕事って?」



「雑用をしてもらうって言っただろ。いいからついてこい」



 説明は面倒だとばかりに話を切り上げ、彼は早々に外出の準備を始める。



「……」



 イチさんに初めて殺されてから怒涛のように時間が過ぎていっているけれど――モモくんは一つの動揺もせず、的確に場を仕切っていた。多少の悪態はつくが、しっかり「カンパニー」のみんなや私に指示を出して、状況を掌握している。


 見た目は可愛らしい少女のようなあの男の子が、殺し屋集団の司令塔であることは明らかだった。一体どんな経験を積めば、十六歳という若さでそんなことができるのか……。


 ナンバーズ計画。

 その研究で何が行われていたのか――考えたくもない。



「よし、これとそれ、持て」



 テキパキと準備を進める彼に促され、私は大きいずた袋と革の鞄を持たされる……重い。



「反抗的な顔じゃねえか。そんくらいは持ってもらわないとな」



「……頑張ります」



 レディを気遣う気持ちはないのかと文句が出そうになったところで、私にそんなことを言う権利はないと気づく。無償で守ってもらっている身で贅沢は言っていられないのだ。



「よっと」



 バランスを取ろうと必死な私の横で、モモくんがさらに大きなずた袋を三つ、軽く持ち上げているのが目に入った。


 ……一応、彼なりに気を遣ってくれているようである。





「これからどこに行くの?」



 準備を終えた私たちは隠れ家を出、舗装された街道を歩く。



「黙ってついてこい」



 先を行くモモくんに目的地を尋ねるも、すげない態度で教えてくれない……彼の小さな背中は担いでいる袋に埋もれて見えなくなっているので、私としては魔獣か何かに話しかけている気分だ。



「モモくんもスキルを持ってるんだよね? みんなみたいに」



「……あんた、黙れって言葉の意味がわからないのか? そのよく動く口を開くなって意味なんだが」



「まだまだ歩くみたいだし、お話しましょうよ。私、モモくんと仲良くなりたいし」



「……十七年引きこもってた割には、話し好きだな」



 嫌味のつもりだろうが、しかし全然ノーダメージである。


 神経が図太いのかもしれない。

 あるいは単純に空気が読めないだけか。



「スキル……あいつらは軽々に明かしたみたいだが、俺は教える気はない」



「どうして? 意地悪したくなっちゃうから?」



「そんな理由じゃねえよ……俺のスキルは。それを教えることはできねえ」



「ふうん……」



 聞いておいて興味のない相槌になってしまって申し訳ないが、向こうも私に理解させる気はない言い方だったのでお相子と思いたい。



「じゃあ、モモくんは魔法を使えるの?」



「俺は使えないよ……ナンバーズ計画の被験者で魔法使いだったのは、マナカを入れて数人だけだ」



 こうして隠さずに話してくれる部分もあるのは、やはり彼なりの線引きの結果なのだろう……私はそれを、踏み越えないように気を付けなければ。


 でないと――また殺されてしまう。



「逆に訊くが、あんたは魔法使いじゃないのか」



「私は普通の人間だよ。ちょっと死なないだけで」



「魔法使いでもない人間が、不死身の体質ねえ……いや、まさかな……」



 彼は何かを言いかけて、やめた。


 それをやられると一番気になるのだけれど、追及して殺されるのも嫌だしやめておこう。



「そう言えば、イチさんのスキルなんだけど……あれって、どういう力なの?」



「……あの馬鹿に説教するのがまだだったな」



「説教? どうして?」



使を破りやがったからだ……仕事から戻ったら、こってり絞ってやる」



 ヤジさんの右腕を一瞬で消滅させるという離れ技を見せた強力なスキルを、使ってはならないという約束……一体どうしてなのだろう。


 この疑問にモモくんが答えてくれないことは、聞くまでもなく、わかりきったことだった。


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