朝はパン派
「起きろ。そして帰れ」
お天道様が元気に上った清々しい朝――私はモモくんに無理矢理叩き起こされ、家に帰るようお尻を蹴られる。
「痛いよモモくん」
「痛くしてんだから当たり前だろうが。早く帰れ、おらおら」
彼は私の臀部を蹴り続けた……ドレスが汚れないように靴の甲で蹴っているのは、彼なりの優しさなのだろうか。いやまあ、優しいなら女子に手をあげないか。
「モモー、ご飯まだー?」
むくりと起き上がったイチさんが、大きな欠伸をしながら伸びをする。どんな仕草をしても様になるのだから、イケメンは本当にズルい。
「レイちゃんもお腹空いたよね?」
「えっと……そうですね、少し」
「だってよ、モモ」
彼はニコッとモモくんに笑いかけた。そして水を汲むためだろう、バケツを持って玄関に向かって歩き出す。
「……ちっ。わかったよ、朝飯食べてから出てけ」
言って、モモくんは台所でカチャカチャと料理をし始めた。何だかんだ言って、やっぱり優しい子なのだろう。
朝食を食べるまでここにいていいと暗に言ってくれたイチさんもそうだけど……二人の優しさが、心地いい。
誰かに優しくされるのは久しぶりだった。
例え相手が殺し屋でも、嬉しいものは嬉しいのだ。
「何作ってるの、モモくん」
「ん? パン切って肉焼いて卵乗せる」
「……料理名は?」
「知らねえ。料理じゃねえって言ってるだろ」
黒いパーカーのフードをゆらゆら揺らしながら、彼は手際よく料理ではない何かを作ってくれた。食欲をそそる香りが部屋に充満し、自然と涎が出てくる。
「ほら、さっさと食ってさっさと帰れ」
「こんな美味しそうな食事、味わって食べないと損だよ」
「あんた、仮にも領主の息子と婚約できるくらいの家に住んでんだろ? 毎日いいもん食ってんだろうが」
「……いいものかもしれないけど、あったかくないんだ」
目の前にある一枚のトーストの方が。
よっぽど――あたたかい。
「? 冷めてんなら温めなおせばいいだろ」
モモくんはイチさんの分の朝食を準備しながら、不思議そうに首を傾げる。キョトンとしたお目目がキュートだ。
「……って、え、待って? どうしてイチさんのお皿には、脂身と赤身の配分が完璧な、肉厚でいて全く固そうに見えない絶妙な焼き加減のステーキが乗ってるの? 私には?」
「いきなり図々しいな、あんた……朝から食えんのかよ」
「それは食べられないけど、でも一応確認してくれてもいいんじゃない?」
「忘れてた。食わねえならいいだろ」
至極当然だけれど、ナチュラルに私よりイチさんの方を優先して考えているようだ。十数年来の絆は相当深いようである。
……十数年、か。
ナンバーズ計画とかいう非道な研究の所為で赤ん坊時代に拉致された彼らは、きっとどこかの施設で共に育ったんだろう。生まれてからずっと一緒の、家族みたいなものなのかもしれない。
「いただきます」
私は丁寧に手を合わせ、パンを頬張るために大きな口を開ける。
ドンッ!
突然、そんな大きな衝突音が家の外から聞こえてきた。いきなり過ぎてびっくりした私は、危うくモモくん特製の朝ご飯を取りこぼしそうになる。
「イチ!」
異変にすぐさま反応した彼は、勢いよく玄関から飛び出した。
私も慌ててそれに続き、外へ出ると――
「あ、ごめんごめん。うるさかった?」
なんて、呑気なことを言うイチさんの足元に。
見知らぬ大男が、転がっていた。
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