ナンバーズ計画



「……なんで、名前がないの?」



 モモくんの険しい表情は、もうこれ以上踏み込んでくるなという警告なのかもしれない。


 それでも私は――訊いてしまった。


 どうしても、二人のことをもっと知りたかったから。



「……あんた、不死身なんだよな」



「え? あ、うん。そうだけど」



 何の脈絡もない問いに、思わず変な声を出してしまった。

 そんなバツが悪い私の元に、モモくんが近づいてくる。



「……モモくん?」



「なんで名前がないのとか、よく人に訊けるな、あんた。デリカシーが欠如してるんじゃねえか?」



「っ……ご、ごめん。そうだよね、話したくないことってあるよね」



 自分の知的好奇心にかまけて、彼に失礼なことを言ってしまった……当然だ、誰しも触れられたくない部分はある。


 私は、その線引きを見誤った。


 モモくんは――警告してくれていたのに。



「――――――あっ」



 彼の小さく、しかし確かな力を持った両手が――私の首にかかる。


 どうやら私は。


 モモくんにも、殺されるらしい。





「ほら、水」



 絞殺ということは、恐らく一瞬で生き返った――私は差し出されたコップを手に取り、冷たい水を身体に流し込む。



「……ありがとう。でも、いきなり殺すのはびっくりするからやめてね、モモくん」



「びっくりねえ……あんたと話してると、調子が狂うわ」



 綺麗な黒髪をした頭を掻きながら、彼は大きな溜息をついた。



「悪かったな。首絞めて」



「気にしないで。私が軽率だったよ……ごめんね」



「殺された方が謝るとか、どんな世界線だよ……ったく」



 言って、彼は椅子を引きずって私と正対するように配置し、そこに座る。



「俺はあんたを殺した。だからもう、ここから先の話は死人対してしてるってことだ」



「……私、生きてるけど」



「俺の線引きだよ。部外者にこの話が漏れれば、俺はそいつを殺さなきゃならない……。だから、話しても問題はない」



「……わかった。モモくんがそれで納得できるなら、死んだ甲斐があったよ」



 彼なりの線引きか……随分とまあ、生きにくそうである。

 私が言えたことでもないけれど。



「まずは……そうだな。俺とイチの出自について、話す必要がある」



 モモくんはちらっとイチさんに目をやり。


 それから、口を開いた。



「俺とイチ……それに『カンパニー』に所属している奴らは全員、に強制的に参加させられていた」



「計画……?」



っていう、馬鹿げた計画さ。奴らはその馬鹿げた理想を実現するために、国中から新生児を拉致して人体実験のラットにしたんだ。日がな一日、拷問みてえだったぜ」



「……」



 人体実験なんて、創作物の中でしか目にしたことがなかった……そんなことが現実に、しかも生まれたばかりの赤ん坊に対して行われていたなんて。


 どんな凄惨な研究だったのか、想像すらしたくない。



「実験の内容についちゃ、思い出したくもねえから割愛するが……結論から言うと、その実験は成功した」



「……ってことは、魔法を越える力が存在するってこと?」



「そうだ。魔法を越える圧倒的な力、奴らはスキルと呼んでたが……そのスキルが、俺たち百人の実験体に宿った」



「百人……」



……百人の子どもに百個のスキルを宿す、悪魔みたいな研究だったよ」



 言って。


 モモくんは、パーカーの袖を捲って右肩をあらわにする。


 そこには――数字。


 一〇〇という数字が、刻まれていた。



「俺は百人の子どものうち、百番目にスキルを与えられた……だから、百番目だ」



 崖下で初めてイチさんに会った時。

 彼は、「一番目だから、イチ」と言っていた。

 それはつまり――イチさんが一番目の実験体だということ?



「百番目だからモモにしようってのは、イチが言い出したんだ。俺たち百人には名前がなかったから、何か呼び名をつけようってな」



「……そう、だったんだね。ごめんね、軽率に名前の話なんかして」



「俺もあんたを殺したし、お相子にしようぜ……まあ軽率っていうなら、殺し屋に興味を持つこと自体が軽率だけどな」



 ぐうの音も出なかった。私は自分が不死身なのをいいことに、安全な立場から彼らと関わることができている。普通の人なら、多分、もうあの世逝きだ。



「……今日はもう寝ろ。朝がきたら、俺たちのことは忘れて家に帰るんだ」



「……」



「もう一度言っておくが、俺たちやナンバーズ計画の話を誰かに漏らしたら、そいつらを皆殺しにするしかなくなる。気をつけろよ」



 話は終わりだと言わんばかりに、モモくんは椅子から立ち上がり、机に毛布を敷いてくれた。恐らく、そこを寝床にしろということなのだろう。



「おやすみ」



 彼は明瞭に就寝の挨拶をして、イチさんの横に寝転んだ。


 殺し屋がおやすみなんて――やっぱり、彼らは変わってる。


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