ナンバーズ計画
「……なんで、名前がないの?」
モモくんの険しい表情は、もうこれ以上踏み込んでくるなという警告なのかもしれない。
それでも私は――訊いてしまった。
どうしても、二人のことをもっと知りたかったから。
「……あんた、不死身なんだよな」
「え? あ、うん。そうだけど」
何の脈絡もない問いに、思わず変な声を出してしまった。
そんなバツが悪い私の元に、モモくんが近づいてくる。
「……モモくん?」
「なんで名前がないのとか、よく人に訊けるな、あんた。デリカシーが欠如してるんじゃねえか?」
「っ……ご、ごめん。そうだよね、話したくないことってあるよね」
自分の知的好奇心にかまけて、彼に失礼なことを言ってしまった……当然だ、誰しも触れられたくない部分はある。
私は、その線引きを見誤った。
モモくんは――警告してくれていたのに。
「――――――あっ」
彼の小さく、しかし確かな力を持った両手が――私の首にかかる。
どうやら私は。
モモくんにも、殺されるらしい。
◇
「ほら、水」
絞殺ということは、恐らく一瞬で生き返った――私は差し出されたコップを手に取り、冷たい水を身体に流し込む。
「……ありがとう。でも、いきなり殺すのはびっくりするからやめてね、モモくん」
「びっくりねえ……あんたと話してると、調子が狂うわ」
綺麗な黒髪をした頭を掻きながら、彼は大きな溜息をついた。
「悪かったな。首絞めて」
「気にしないで。私が軽率だったよ……ごめんね」
「殺された方が謝るとか、どんな世界線だよ……ったく」
言って、彼は椅子を引きずって私と正対するように配置し、そこに座る。
「俺はあんたを殺した。だからもう、ここから先の話は死人対してしてるってことだ」
「……私、生きてるけど」
「俺の線引きだよ。部外者にこの話が漏れれば、俺はそいつを殺さなきゃならない……あんたはもう殺した。だから、話しても問題はない」
「……わかった。モモくんがそれで納得できるなら、死んだ甲斐があったよ」
彼なりの線引きか……随分とまあ、生きにくそうである。
私が言えたことでもないけれど。
「まずは……そうだな。俺とイチの出自について、話す必要がある」
モモくんはちらっとイチさんに目をやり。
それから、口を開いた。
「俺とイチ……それに『カンパニー』に所属している奴らは全員、ある計画に強制的に参加させられていた」
「計画……?」
「魔法を越えた力を作り出すっていう、馬鹿げた計画さ。奴らはその馬鹿げた理想を実現するために、国中から新生児を拉致して人体実験のラットにしたんだ。日がな一日、拷問みてえだったぜ」
「……」
人体実験なんて、創作物の中でしか目にしたことがなかった……そんなことが現実に、しかも生まれたばかりの赤ん坊に対して行われていたなんて。
どんな凄惨な研究だったのか、想像すらしたくない。
「実験の内容についちゃ、思い出したくもねえから割愛するが……結論から言うと、その実験は成功した」
「……ってことは、魔法を越える力が存在するってこと?」
「そうだ。魔法を越える圧倒的な力、奴らはスキルと呼んでたが……そのスキルが、俺たち百人の実験体に宿った」
「百人……」
「ナンバーズ計画……百人の子どもに百個のスキルを宿す、悪魔みたいな研究だったよ」
言って。
モモくんは、パーカーの袖を捲って右肩をあらわにする。
そこには――数字。
一〇〇という数字が、刻まれていた。
「俺は百人の子どものうち、百番目にスキルを与えられた……だから、百番目だ」
崖下で初めてイチさんに会った時。
彼は、「一番目だから、イチ」と言っていた。
それはつまり――イチさんが一番目の実験体だということ?
「百番目だから
「……そう、だったんだね。ごめんね、軽率に名前の話なんかして」
「俺もあんたを殺したし、お相子にしようぜ……まあ軽率っていうなら、殺し屋に興味を持つこと自体が軽率だけどな」
ぐうの音も出なかった。私は自分が不死身なのをいいことに、安全な立場から彼らと関わることができている。普通の人なら、多分、もうあの世逝きだ。
「……今日はもう寝ろ。朝がきたら、俺たちのことは忘れて家に帰るんだ」
「……」
「もう一度言っておくが、俺たちやナンバーズ計画の話を誰かに漏らしたら、そいつらを皆殺しにするしかなくなる。気をつけろよ」
話は終わりだと言わんばかりに、モモくんは椅子から立ち上がり、机に毛布を敷いてくれた。恐らく、そこを寝床にしろということなのだろう。
「おやすみ」
彼は明瞭に就寝の挨拶をして、イチさんの横に寝転んだ。
殺し屋がおやすみなんて――やっぱり、彼らは変わってる。
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