刺客
「井戸で水汲んでたらいきなり飛び掛かってきたんだ。気絶させといたよ、モモ」
「……わかった。悪いけど、中まで運んで縛っておいてくれ」
「仰せのままに」
モモくんの指示を受け、イチさんは地面に伏している大男を家の中まで引きずっていく。あの巨体を左手一本で軽々動かせるなんて、どんな筋力をしているんだろう。
「えっと……」
「あんたも早く中へ戻れ。ここは危険だ」
場を繋ぐための言葉を考えていたら、モモくんが真剣な顔でそう言った。大人しく従って、いそいそと家に入る。
中では、イチさんが手際よく巨漢をロープでぐるぐる巻きにしていた。左手だけで器用なものだ。
「この人は誰なんですか?」
「んー、わからない。けど殺意はあったよ」
彼は爽やかな笑顔でさらっと怖いことを言う。
程なくして、モモくんが外から戻ってきた。
「外に他の気配はない。そいつ一人だけみたいだ」
「そっか。じゃあみんなは来てないの?」
「ああ、アッパーがいればさすがにわかるからな……大方、クオンが何か企んでやがるんだろ」
「クオンかー、久しぶりに会いたいな。ヤジにはこの前会えたからね」
「あの馬鹿の所為でここに引っ越すことになったんだろうが。二度と顔も見たくねえ」
二人はわけのわからない会話を続けている。
やることもない私は、静かに椅子を移動させて腰を落ち着けた……殺し屋の隠れ家の中でロープに縛られた謎の大男の隣に座ることになるなんて、数日前の私は想像もできなかっただろう。
「とりあえずこいつから情報を引き出す……おい、あんた」
「……何?」
「外に出ろ」
「中に戻れって言ったり外に出ろって言ったり、女の子の扱いが雑過ぎない?」
「こっから先の話は聞かないのが身のためだ。それに、ちょっとばかしこいつを痛めつけるから、見ない方がいいだろ」
「……わかりました」
まあ反抗してこの場にいてもしょうがないので、私は素直に外に出た。
青い空、白い雲、小鳥のさえずり……とても平和な景色の真後ろで、殺し屋が如何わしいことをしようしているのを思うと、何とも言えない心情になる。
「……お腹空いたな」
結局、朝食は食べられず仕舞いである。美味しそうな匂いを嗅ぐだけ嗅いでお預けを食らってしまったので、空腹感がマシマシだった。
「……」
時間もあることだし、これから先どうするかを真剣に考えてみることにする……客観的に今の自分の状況を俯瞰すると、婚約者の呼び出しに応じて別宅に行き、そこから消息不明のまま一夜が明けたという感じか。
……いや違う。お父さんにも誰にも、デニスさんに呼び出されたことは伝えていないのだから、私は昨日の昼過ぎに急に姿を消したままなのだ。
あの家から出ることすら滅多にない私が、無断で一日いなくなっている……もしかしてお父さん、心配してるかな?
「……有り得ないわ」
自分の考えをすぐさま首を振って否定する。あの人が私のことを心配するはずない……少しは気にするかもしれないけれど、それは娘が心配だからではなく、私の不死身体質が世間に露呈しないかが気がかりなだけだ。
いくら魔法が一般に普及しているとはいえ、不死身なんて馬鹿げた話は聞いたことがない。
世間は異質なものを嫌う。
私の存在が広まれば、お父さんの事業に影響が出るだろう……あの人は、それが心配なのだ。
お父さんが最後に私の目を見てくれたのは、いつだったっけ?
「レイちゃん!」
いきなり物凄い勢いで何かがぶつかってくる。
自分に覆い被さった物体がイチさんであると認識できた頃には――私は家の中へ連れ戻されていた。見事な運搬術だ。
「えっと……」
「やってくれたな、あんた」
状況が飲み込めず混乱していると、モモくんの呆れた声が耳に届いた。
やってくれたな?
一体私が何をやったというのだろう……昨日から大人しく、ご飯を食べて寝ていただけの私に(人殺しに付き合ったりもしたっけ)、何ができるというのだろう。
「さっきの男、俺たちを偵察にきたか殺しにきたか、まあそのどっちかだろうと思ってたんだが……予想が外れた」
さっきの男は、床に倒れて毛布に全身くるまれながらも、うねうねと動いている……どうやら生きてはいるみたいだ。
彼が二人を狙っていたのではないとしたら、なぜ殺し屋の隠れ家にやってきた?
「そいつは、あんたのことを狙ってたそうだ」
私?
全くもって意味がわからない……私なんて、ちょっと身体が不死身なだけな、普通の女の子なのに。
「そいつの目的はハッキリしてる。単純明快過ぎる程に明瞭だ……それでもなおできるだけわかりやすく、かみ砕いて事実を教えてやる」
モモくんは、困惑する私の目をしっかり見つめながら。
事実を教えてくれた。
「あんたの父親が、娘を拉致するように依頼したんだとよ」
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