飛び降りましょう



 昨日の自分からは考えられないテンションの落ち込みようで、私は山を下っていた。


 もちろん、元婚約者から婚約破棄を言い渡されたからである。


 ちなみに、私の服装は山道を一人歩くにはあまりにも相応しくなかった。足首まで届く真っ赤なドレスは枝葉で傷つき、少しでもスタイルをよくしようと履いたヒールは土で汚れている。


 あの別宅に向かう時は細心の注意を払っていたのだが……今となってはもうどうでもいい。


 私は服が汚れるのも気にせず、ずんずんと大股で歩いていく。



「いった……」



 不意に右頬に痛みを感じた……鋭く伸びた木の枝に引っかかってしまったらしい。


 ツーッと、赤い血が流れる。



「……」



 何やってるんだろ、私。


 三週間前、お父さんが急に決めてきた縁談は、この街を治める領主の次男とのものだった。


 その日から、デニスさんに釣り合うレディになるため、礼儀法やマナーの勉強が始まった……正直きつかったけど、でも、遂に私も恋愛ができるんだって浮かれていたのを覚えている。


 十七年間、恋焦がれていた恋愛という言葉。


 ……まあ婚約をするだけなので、相手が恋や愛なんてものを求めていないと知ってはいたけれど。


 でもそれは、向こうが勝手に思っていればいい。

 私は私で、今まで憧れていた恋を見つけるんだ!


 ……なんて、意気込んでたっけな。



「はあ……」



 溜息くらい許してほしい。昨日の私は、デニスさんからの呼び出しの手紙を見て、いよいよ何らかの恋愛イベントが起きるのだと期待していたのだ。


 手紙には、誰にも見つからないように一人で別宅まで来てほしいとも書いてあったし……これはもう、如何わしいことでもあるのかな? と、妄想もしていた。


 いやほんと、笑ってほしい。


 現実は、婚約破棄を言い渡すための呼び出しだったのだから……わざわざ一人で来いと指示があったのは、付き人がいると話が拗れるからかな。


 まあ、どうでもいいけど。



「……」



 私は虚ろな目で薄暗い山道を進む。お父さん、縁談が反故になって、きっと怒るだろうなあぁ……私の所為じゃないのに。


 レイ・スカーレットの人生はどうしてこうも上手くいかないのだろう。

 やっぱり私の運命は、生まれた時に決まってしまっていたんだ。


 抗うことなんて――できない。



「……あれ?」



 気づけば。


 私は本来歩くべき道を逸れ、森の奥へと分け入ってしまっていた。いつから迷っていたか定かではないが、このままだと遭難してしまう。



「……って、もう遭難してるようなもんか」



 夜はどんどん深まっていく。微かな星明りを頼りにしたところで、帰り道を見つけることは困難だろう。



「……」



 あー、ほんと、何でこうなっちゃうのかな。


 デニスさんには袖にされるし。

 お父さんには多分怒られるし。

 山で遭難するし。

 明日からまた、が続くし――



「疲れちゃったな……」





 ゴウッと、冷たい風が吹く。





 前方に目を凝らせば、私の進もうとしている先は崖になっていた。


 ゴツゴツと岩肌が露出し、下の地面までかなりの高さがある――もしも。


 もしもここから飛び降りたら、



「……」



 私は、静かに足を前に出す。


 ふわっとした浮遊感の後。


 レイ・スカーレットは、遥か崖下へと落ちていったのだった。


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