【佳作受賞】転生したら火魔法が使えたので人気パン屋になったら、封印済みの魔王が弟子入りしてきた【第8回キネティックノベル大賞】
shinobu | 偲 凪生
Ⅰ 出逢いとはじまり
1.魔王、人間のパン屋に弟子入りしてくる
徐々に消えていくパン窯の炎を見つめながら、わたしは片づけたばかりの作業テーブルにつっぷした。
「お、お、終わった……」
今日も、というかこの3日間、まともに飲み食いしていない。仕事が一段落したと体が理解した瞬間、すべての力が抜けていって立ち上がれなくなってしまう。
いつもこうなのだ。
3日間働き、3日休み、1日は仕込みと火起こし。それがこの世界で職業人となったわたしのルーティーン。
この世界でのわたしの名前は、シュテルン。
トレードマークはくせっ毛くるくる茶髪に赤茶色の瞳。着ているものは紺色のエプロン、その下に生成り色のワンピースに黒のレギンスパンツ。布靴。
この世界で、といったのには理由がある。
実はわたしは流行りの異世界転生者なのだ。
というかまさか自分がそんなファンタジー人生を歩んでしまうだなんて夢にも思っていなかったし未だに信じられないのだけど、この世界で生きて20年目にして、いいかげんに認めようという気になってきた。
かつてわたしは『日本』という国で暮らす『就職活動中』の『女子大生』だった。『パン屋』で『週に3日』、『アルバイト』をしていた。そして、『ストーカー被害』に遭って命を落としたのだ。最後の記憶については思い出したくもないので割愛させていただく。だけど、わたしはそのせいで男のひとがこわかったりする。
そして、この世界でわたしはひとつの能力を手に入れた。
それは……火魔法!
なんとファンタジー世界に転生できたおかげで、魔法のある世界に転生できたおかげで! わたしは魔法が使えるのだ!
大まかにいうと瞳の色で使える魔法が決まるらしい。わたしは赤系統なので炎。
ただ、純粋な赤色ではない為に、冒険者になれるような高レベルの力は持てなかった。
チートスキルがないのならしかたない。
そんなわたしの出した結論。
自ら生み出した炎をパン窯に入れて、パン屋を営む。
この世界にもパン屋はあれど、魔法の火で焼くパンというのは珍しい。ということで開店2年目にして行列のできるパン屋になってしまった。
そして人気パン屋になってしまってあまりの忙しさに目が回ったわたしは、ついに従業員を雇うことにしたのだ。
【従業員募集 男性以外 未経験者歓迎 休日しっかり保証!】
ところがパン屋というのは意外と力仕事である。
パン屋というかわいらしいイメージに惹かれて応募してきた女子たちは皆、半日もせず音を上げてしまう。結局わたしはひとりで働く。その繰り返しになっていた。
以上、かんたんな説明。
「はぁ……。めちゃくちゃしんどい……。せめて何か飲もう……」
なんとか最後の力を振り絞ってよろめきながら立ちあがると、タイミングよく? 悪く? お店の玄関ベルが鳴った。
本日閉店と書かれたプレートを見ていないのだろうか?
工房から店内へ行ってもまだ鳴り続けるベル。
よほどパンが食べたいのか。
今度こそ最後で最後の力で扉を開ける。
「あのっ、今日はもう閉店しまし——」
お客さまの顔を見て、びっくりしすぎてかたまってしまった。
黄昏時、逆光に立っていたのは、腰元まである銀髪の、背の高い男。ローブのような服を着ている。
「ここで従業員を募集しているという貼り紙を見て来たのだが」
……え?
何を言っているんだ?
「……男性以外で、って書いてあったと思うんですけど」
「余に性別はない」
「はい?」
余、って。そんな一人称、前世でも現世でも初めて出会った。
あ。
だめだ。
お腹が空きすぎて、目が回りだした。これは久しぶりに、倒れるパターン……。
*
*
*
「目が覚めましたか?」
「!!??」
慌てて飛び起きると、黒髪に黒瞳の少年がわたしの顔を覗きこんでいた。
「失礼いたしました。わたくし、シュバルツと申します。ドゥンケルハイトさまの第一従者をしております」
「えっ? えっ?」
少年の言葉に理解が追いつかないぞ?
ドゥンケルハイトといえば学校で必ず勉強する、世界を滅亡寸前まで追い込んだ魔王の名前では……。
冷や汗、たらりとひと筋。
しかしわたしの動揺には気づいていないようで、シュバルツは誇らしげに話しかけてくる。
「我が君ドゥンケルハイトさまは、人間どもの神殿封印を受けてしまいましたが、この度、執行猶予となり解放されました。ただ、偉大なるドゥンケルハイトさまは神殿封印の間に人間世界に興味を抱かれて、労働をしてみたいと希望されたのです。そこでこちらが従業員募集の貼り紙をしていたのを見つけて、応募したという次第であります」
倒れる前の記憶がうっすらと蘇る。
銀髪の、背の高い男。
あれがまさか——?
「シュバルツ。口が多い」
ゆっくりと声のした方へ横へ顔を向けると、長い銀髪で、真っ白な肌をした、冷たそうな瞳をした男が立っていた。
人間であれば耳がある部分には、羊のようなくるりとした角が生えている。
魔王ドゥンケルハイト! 待って! 本物!?
お腹が空いているからか、疲れているからか、もうこの際どっちでもいい。
いくらわたしが転生者とはいえ一般人がかかわっていいような相手ではない。丁重にお引き取り願おう。
「どうして歴史に名が刻まれているような魔王さまが、どこにでもあるような街のパン屋なんかで働こうなんて思ったんですか」
「シュバルツが説明した通りだ。余は、人間の生活に興味を持ったのだ」
「あのー……人間の生活に興味を持ったからって、魔王が人間の下で働こうなんて聞いたことがありません」
「魔王という崇高な存在は余ひとりのみである。これが初めてのケースとなろう」
「いやいやいやいや」
話がかみ合わない。落ち着け、落ち着くんだわたし。どうやったら諦めてもらえるか考えよう。お腹が空いて頭が回らないけれど。
ふと気づく。わたしはお店の床に倒れていたみたいだけど、どこも打ってはいない。
「倒れかけたところを我が君が助けてさしあげたのです。感謝しなさい、人間よ」
「思考を読まないでくださいっ」
こわっ。従者、あなどれない。
「すべてを読める訳ではありません。わたくしに可能なのは表層のもののみです」
「は、はぁ、そうですか」
得意げな従者と能面の魔王。
「外の貼り紙にもありますが、わたしは見た目が男性の人間を従業員にするつもりはありません。それが魔王だというならなおさらお断りです。どうかお引き取りください」
「何故だ」
むしろ、そこで何故食い下がるのですか魔王よ。
「男性がこわいからです」
「あなた、それでよくパン屋を営んできましたね」
「パンの並んでいるガラスケースが仕切りになってくれているからなんとかやってきているんです。四六時中、あなたみたいな強面のひとと一緒にいるなんてできません。それに従者さんもいるんですよね? 男性ふたりは無理です」
男性に、近くに立たれるのはしんどい。今だって手足が震えているのだ。
「……そうか。シュバルツ」
「はい、我が君」
ぱちん。
魔王が指を鳴らすと、風船が破裂したような感覚に襲われる。
一瞬だけ目を瞑ってしまっておそるおそる開けると、なんと従者は少女の姿に変わっていた。
ツインテールで、猫目。前世風にいうなら『小悪魔風』の見た目だ。
「これで男がひとり減ったぞ」
「……えぇと……そういうことを言っているのではなくて……」
「では、これならどうだ」
ぱちん。
今度は、魔王の髪の毛が短くなる。
そして着ているものも白いシャツと黒いパンツに変わっていた。一気に、華奢な印象になる。
「……た、たしかに、長髪よりはそれくらいの方がまだこわくないとは思いますけど、そういう問題ではなくてですね」
「それなら、余も女性の外見をとればいいか?」
「あー! もう! わかりました、そのままで大丈夫です。ただ、しばらくは試用期間です。無理だと判断したら解雇します。いいですね?」
試用期間で雇い止めせざるをえないと判断すればいいんだ!
だって魔王が人間の、こんな小娘のもとで働ける筈ないもんね。
「いいえ、我が君は本気です」
「思考を読まないでくださいっ」
「貴様。名は、何という」
「シュテルン・アハト・クーヘンです。周りからはテルーと呼ばれています」
すると魔王はすっと床に片膝をつき、わたしに対して跪くような姿勢になった。
「えっ、ちょっと」
「シュテルン・アハト・クーヘン。星の少女よ、我が力の一部を授けよう。自由意志での使役を許可する」
「——!」
なんと。
魔王ドゥンケルハイトは、わたしの左手を取ると。
恭しく。
手の甲に、口づけてきたのだ!
「契約完了だ。宜しく頼む、人間シュテルンよ」
「は、は、はい……」
上目遣いでにやりと口角を上げる。
……ひぃ。これまでのふたつの人生でいちばんかっこいい。
だけど、冷静になるんだ自分。
だって相手は魔王なんだぞ!
ということで、わたしはわたし自身の空腹に屈したのである。
魔王に屈した訳じゃないんだから! それは断固として認めないんだから!
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