グッドモーニングガール

川詩 夕

おはよう

 日曜日の朝、スマホからお気に入りの曲が流れる。

 二十歳という若さで、最近亡くなったアーティストの優しい歌声。

 首を寝違え、少し頭痛がして、目覚めは最悪。

 昨夜、明日は休みだと浮かれ気分でロング缶のビールを立て続けに四本飲んだ事が総じての原因。

 ふらふらの足取りでトイレへと向かう。

 履いた下着をずり下げた時、表裏が反対だった事に気付いて用を足す。

「誰も見てへんし別にええわ」

 栓を捻り蛇口から水が流れ出る。

 触れる事を躊躇する程の冷たい水で手を洗い、片手で顔を洗った。

「はぁぁ、冷たぁ」

 部屋で干していたフェイスタオルを手に取り濡れた顔を拭う。

 電気ケトルのスイッチを押し、テレビの電源を点けた。

 然程興味の無いニュース番組にチャンネルを合わせ耳を傾ける。

「現在、世界各国で流行している新型ウイルス……感染した際の後遺症の一つに身体の一部……切断された様な痛み等は伴わず……」

 電気ケトルが申し訳なさそうにパチンと音を鳴らし湯気を立ち上らせていた。

 マグカップに珈琲を淹れて、好きな香りと共に苦味を楽しむ。

 ふと気が付くとテーブルに珈琲が溢れていた。

「また溢してもた」

 顔を拭ったタオルでテーブルに溢れた珈琲を拭き取り、鏡を置いて化粧道具を並べる。

 右手にリップベース持ち、左手に口紅を持った。

 慣れた手付きで化粧を済ませて髪を丁寧に整える。

 ジェラーソピチェのパジャマを脱ぎ、地雷系の服に着替えた。

 テーブルの上に置いていた私の頭部を両手で持ち上げる。

 身体と対面するメイクを施した頭部を半回転させて首の辺りに置くと、ぐちゅと粘着質な音がした。

 首の切断面はアイボリーのストールでごまかす。

 靴底が少し擦り減ったブーツを履き、推し活の為に玄関を出た。

 肌寒い風が髪と首に巻いたストールを揺らす。

 電車に乗る為、駅まで鼻歌を歌いながらゆっくりと歩いた。

 改札を抜けて階段を降り、駅のホームに設置されているベンチに座る。

 電車の到着を待っていると、いくつか間を開けてベンチに座っている幼い子供と母親の会話が聞こえてきた。

「ねぇねぇ、カラスがいるよ」

「カラスだねぇ」

「ねぇねぇ、カラスがおはようって言ってるよ」

「早起きさんだねぇ」

 無邪気で可愛いと思いながら幼い子供の方へ視線を向けると、唐突にくしゃみが出た。

 くしゃみのはずみで身体から頭部が飛んでゴロゴロと駅のホームを転がる。

 私の頭部はベンチに座っている幼い子供の前で止まり、目と目が合った。

「おはよう、あはは、転がちゃった」

 幼い子供はニコニコ笑顔で小さい両手を細い首筋に当てて、自分の首をひょいと持ち上げた。

 上目遣いの視線の先に細い首の切断面が見えた。

 それはそれは綺麗だった。

「お姉ちゃん、おはよう」

 清々しい気持ちの朝だ。

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グッドモーニングガール 川詩 夕 @kawashiyu

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