僕は推しの敵
南木
僕は推しの敵
どんな人間であろうとも、他人に知られたくない隠し事の一つや二つはあるものだ。
どこをとっても平凡で冴えない男子高生の僕、
「志海さーん! いや、『エルマナ・マーレ』様ーっ!」
「この前の「アクション」本当にすごかったね! あたし感動しちゃった!」
「うふふ、みんないつも応援ありがとう。激しい戦いだったけれど、みんなのおかげで頑張れたわ」
放課後になってすぐ……僕の隣の席にいる女の子、
すぐ近くにいる僕は邪魔者扱いされるから、すぐに帰る仕度をして席を離れなくてはいけない。
「明日の「アクション」は、いよいよ因縁のアイツを倒すんだろ! 今から楽しみで仕方ねぇんだ!」
「君の力になれるなら、僕たちはなんだってするよ! 勝ったら学年全員でお祝いパーティーをしてもいい!」
「お、俺っ! バイト代全部使って、グッズたくさん買ったから……!」
「まあまあ、まだ勝ったと決まったわけではないわ。でも、負けるわけにはいかないのは確かです」
志海さんは成績優秀な学生でありながら、電子仮想空間でアバターとなり戦う
アニメのような非現実的で派手な筋書きのないバトルを、格闘技感覚で見ることができるため、『ホロウクリアーレ』は全国に大勢の熱烈なファンがいる。
選手は一般的に『
「よう、マヒロ。また追い出されたのか。席となりなのに勿体ねぇな」
「いやー、あんなキラキラ空間にいるなんて溜まったものじゃないよー。呼吸困難で死んじゃうよー」
「贅沢言うなし。それより、この後カラオケいかね?」
「ごめーん、僕これからバイト」
「ちぇっ、つれねぇな」
席を追いだされたことを友達に茶化されながら、僕は足早に帰宅する。
(バイトか……嘘はついてないんだけどねぇ)
友達にいつか「本当のこと」を話したいという気持ちはある。
けれどもそれは、絶対に知られてはいけないこと。
学校から数十分電車を乗り継いで戻ってくる、独り暮らしのアパート。
僕以外立ち入ることがない部屋の明かりをつければ、そこは「魔窟」――――
「ふふ…………ただいま、『エルマナ・マーレ』……」
壁一面だけじゃなく、天井までびっしりと飾られた『エルマナ・マーレ』のポスターやタペストリー。中には、非公式に販売されているきわどい絵の物もある。
タンスやラックの上には『エルマナ・マーレ』のフィギアだけがずらりと並び、更にはクッションや食器、男なのに『エルマナ・マーレ』になり切るグッズやコスプレ……etc.
そう、僕は病的なまでの『エルマナ・マーレ』の信奉者。
ファン、オタクそういった言葉すら生ぬるい狂信者。
去年高校に入った頃、流星のごとく現れた「少女騎士団†エルマナクエス」
騎士団をテーマとした
そんな『エルマナ・マーレ』に、僕は完全に狂ってしまい……生活費の大半はこうして公式非公式問わず『エルマナ・マーレ』関連に消えていくんだ。
現実の「鶴崎 志海さん」にだって興味がないわけじゃない。
けれども、こうして家の中で『エルマナ・マーレ』に囲まれているだけで、僕はもう満足……………ではあるんだけど。
『エルマナ・マーレ』に囲まれた幸せな時間を過ごしていると、スマホがピロン♪とメールの着信を知らせた。
『明日の「競技」のため、1時間後に迎えに行きます 準備してください』
この一文を見て、僕は深いため息をついた。
僕は今からもう一つの裏の顔にならなければいけないのだから。
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逢魔が時の巨大な夕陽が照らす摩天楼
地平の彼方まで林立する富の象徴たる漆黒のビルの数々は、まるで刻が止まったかのように冷たく、生気を感じない
ビルの陰で黒一色に塗られた地面に、白い魔法陣が5つ浮かび上がり、5人の少女が姿を現した。
「少女騎士団†エルマナクエス 見参っ! 人々を苦しめる常闇は、我らが払いのけるっ!」
先頭で正々堂々と声をあげたのは、赤を基調としたスーツアーマーに、盾と剣を持つ聖騎士風の少女……エルマナ・レイナ。
「此度は、策は十分用意してあります。年貢の納め時ですよ…………『黒壁のオルクス』」
エルマナ・レイナの隣に歩み出でたのは、青を基調とした高位の魔道士風の衣装に飾りがついた杖を持つ少女……真広の最推しメンバーであるエルマナ・マーレだ。
そして、残りの3人―――緑を基調とした妖精のような服装で、七色の羽根飾りがついた弓を構えるエルマナ・フロール。
銀を基調とした、エルマナ・レイナと同じくスーツアーマーを着用し、長柄の
桃色を基調とした踊り子のような衣装で、両手に剣を持つエルマナ・アモーレ。
5人全員がそれぞれの得物を構えたまま、摩天楼の最も高い場所を見据えた。
逆光に照らされる中、彼女たちの見据える先には全身を黒一色の衣装に身を包んだ、男とも女とも判断できない人物が佇んでいた。
黒のボルサリーノ、黒のサングラス、そして腕が見えなくなるほど長い袖を持つトレンチコート……こいつこそ、エルマナ・マーレが名指ししていたエルマナクエスの宿敵『黒壁のオルクス』だ。
「ク――――クク、その様子――前座どもでは物足りなかったようだなァ。いいだろう、今度こそ……貴様らの心を叩き壊し、この不滅のメガロポリスで永久に働く奴隷としてやる」
「そうはさせないわ!」
「この街に囚われた人々の魂は、私たちが解放します」
「いくよ、みんな!」
こうして、電脳空間でのバトル――――『ホロウクリアーレ』が幕を開けた。
電子端末から映像で見る者もいれば、観戦用のアバターで電脳世界の中で応援する者もいる。
《エルマナクエスーー! 頑張れーー!》
《オルクスをやっつけろ!》
《卑劣な相手に負けるなー》
電脳世界内外を問わず多数のチャットが怒涛のように流れ、それらは例外なく全てエルマナクエスへの声援だった。
エルマナクエスに敵対する『黒壁のオルクス』は、幾多の正義の
それゆえ、エルマナクエスが今度こそ打ち破ってくれると信じていたのだが――
「ぅっ…………かふっ」
「大分手こずらせてくれたな――――だが、これで残るは一人。大人しく負けを認めるがいい――――」
「そんなっ! レイナさん! フロールさん、シエロさん! アモーレさんまで……っ!」
開始から30分。
激闘に次ぐ激闘の中で、エルマナ・レイナなオルクスからの強烈な一撃を喰らい、仰向けに倒れ伏す。
エルマナ・フロール、エルマナ・シエロ、エルマナ・アモーレらもまた、襤褸雑巾のように戦闘不能となっており、エルマナ・マーレだけが満身創痍の状態で立っていた。
一方、オルクスもあちらこちらにダメージを負っていたが、5対1にもかかわらずまだ余裕が見えた。
チャットは悲鳴と憎悪で阿鼻叫喚となっており、とても収拾がつかない状態だった。
それでも、エルマナ・マーレが負けを認めない限り、試合は続いてしまう。
「貴様はまだ立つか――――ならば、心が折れる音を直接聞かせてもらおうか」
「ぐ……うぅっ! 私は、まだ……」
虚空から手の形をした黒い塊が、エルマナ・マーレの首を締めあげ、彼女の白い肌にミシミシと食い込んでいく。
それでも負けを認めないマーレに、オルクスがさらなる負荷をかけようとしたところ…………
「エルマナクエスの皆さん! 私たちが加勢します!」
「やらせはしないぞ! 『黒壁のオルクス』!」
別の正義の味方側の
(よし、今日はこれで試合終了だな)
劣勢の陣営の増援が来るのは、『ホロウクリアーレ』では陣営が負けを認めて試合を終了することを意味する。正義の味方が完全敗北すると、色々と不味いからだ。
「ふん――――邪魔が入ったか。だが、次はないと思え」
勝ったはずのオルクスは、あえて捨て台詞を吐いて闇に消えていった。
============
「お疲れ様、明日香君。今回もいい極悪役ぶりだったわ」
「どうも……」
僕が目覚めたと同時に、僕の身体に繋がっていた各種機械が外され、背もたれがゆっくりと起こされた。
頭がまだぼーっとして…………まるで夢を見た後の寝起きのような感覚の中、社長が「お疲れ様」と差し入れのお菓子とホットココアを手渡してくれた。
「ふふっ、チャットからSNSまで大炎上だわ。悪役冥利と思わない?」
「……僕がエルマナクエスの大ファンだって知ってて言いますか」
「明日香君だってノリノリだったじゃない♪ 今回もファイトマネーは口座に振り込んでおくわ。2時間後には家まで送るから」
「…………」
僕のもう一つの秘密……『黒壁のオルクス』のアバターがこの僕だということ。
骨の髄までエルマナ・マーレの大ファンの僕が、彼女を最も苦しめる悪役だというのは、何という皮肉だろうか。
(ふふ……きっとマーレからは死ぬほど嫌われてるに違いない。けど、これもまた、僕なりの推し活さ)
壁にある液晶に表示される、エルマナクエスへの同情と『
僕は推しの敵 南木 @sanbousoutyou-ju88
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