召喚勇者(自称)君と獣人娘ちゃん 五 ――推し活――

ひぐらし ちまよったか

俺たちの一推し

 ――相棒の獣人娘が子猫を拾ってきた。


 オス? メス? 判断が付かないほど幼いのが全部で四ひき。

 眼も開いていないが、へその緒が無いので、生まれて数日後ぐらいだろう……母ネコは? はぐれたのか? それとも……。


 獣人娘によると、近くには見当たらなかったという。


(捨て猫か? お母さん、無事ならいいが……)


 この異世界で猫は小動物扱いだ……十分になり得る。無事を祈るしかない。で。


 ――どうする? これ?


「もちろん育てるニャ!」

「いやいや! この三一間で? 四匹? ムリっしょ!?」

「全員立派な虎に育て上げるのニャ!!」

「落ち着け! 冷静になって考えろ! 今でも暮らしはカツカツだ! この上四匹の子持ち生活など言語道断!! 一家野垂れ死には目に見えているっ!」

「にゃにゃにゃ!?」

「この子達の幸せを背負うのは、我々には重すぎる! チャンとした家庭で育ててもらうのが一番良い……わかるな?」

「うにゃ……じゃあ……どうするニャ? まさか……捨てるのか!?」

「それはない……まかせろ。考えは有る」

「ホントか~? ダイジョブか~?」


 ――黒いのが首を揺らして、デッカイあくびを、ぶっこいていた。



 四匹の健康状態を診てもらおうと、医者に連れて来た。

 ――動物病院に伝手は無いが、医者と言えばこの人だ!


 ――『聖伝太郎ひじりでんたろう』先生。


 専門は『聖伝太郎教会』の歯医者さんだが、王国軍の軍医時代、に限界を感じ、歯科だけでなく各種を修めた秀才ドワーフだ。

 ――ホントに人は見かけによらない。


「け、健康状態は……り、良好だ……も、問題無い」

「よかった! ありがと~ニャ!」

「しょ……食事は、や、山羊乳で良いだろう……は、排せつは……な、嘗め取ってやれ……」

「――え!?」

「じ、冗談だ……ぐ……ぐふっぐふっ!」


 全く笑えない冗談を全身で披露しながら、巨大な両手を器用に使い、麦わらのストローで子猫にミルクを与えている。

 ――枝豆に爪楊枝を刺している様に見える。


「は、歯の調子は……その後……ど、どうだ?」

「全然痛みません! その節は有り難うございました!」

「そ、そうか……何かあったら……ま、また来い……ち、治療中のお前は……そ……そそられる」


(ひ~っ!!)


「ぐ……ぐふふっ!」



 『聖伝太郎教会』からの帰り道、文房具店に立ち寄り、A4サイズ程度の紙を数枚購入した。

 獣人娘には『印画紙』という魔道具だとウソをつく。


「何をするつもりだ? にゃぁ?」

「まあ、見ていろって……」

 紙を一枚取り上げ、獣人娘の膝で眠る子猫を凝視する。

 唯一もっている勇者魔法『ゆらぎ』で、紙に子猫の寝姿をのだ。

 紙を細かくセルに分け、脳内映像を元に、紙分子を高出力で揺らし焦げ目を付けていく。

 セルごとに濃淡をつければ、まさしく写真の出来上がりだ!!


(1920✖1080のフルハイビジョン! 4K、8Kは……疲れるからやめておこう……)


「おおっ!? すごいにゃ!!」

「ふっふ! 色んな人にこの写真を見て、投票してもらうんだ!」

「とうひょう?」

「人気が出て注目を集めた子は、必ず何人もが『欲しい!』、『飼いたい!』と申し出てくるはず! 人の心理とはそういうものだ!」

「おおー!」

「その中から、『この家庭なら幸せになれる』と思える人物を選び、里親になってもらう! どうだね……?」

「天才ニャ……悪だくみの申し子だニャ」

「わる……まあ、いい。題して『貴方の推し! 教えて!?』総選挙だ!!」

「おお~っ!!」




 休日お昼時、街の中央公園に来ている。

 『貴方の推し! 教えて!?』総選挙に、結構な行列ができていた。

 推しを投票してくれた人には、獣人娘の握手券をプレゼントしている。

 春立ち祭りの『のど自慢大会』で、にわかに増えた獣人娘ファンなのだろうな――うん! 安上がり!

 子連れの姿が多く、これも計算通り。

 『子猫が欲しい!』って言い出すのはやっぱり子供だろう。


 ――先日までに子猫たちの眼は次々に開き、その可愛らしさは倍増していた。

 愛くるしい傑作写真の数々を、ところ狭しと飾り付けてやった。

(これなら里親も、すぐに見つかる)


 ――そう思っていた……。



「――ニャんで、この子が売れ残るのニャ~!?」

 大あくびばかりぶっこく黒猫、たぶん男の子。

「あたしの、一推しの子なのに!?」

「うん……写真写り……かな……?」


 ――ほかの兄弟姉妹は、あっという間に里親が決まった。

 何組もの希望者が現れ、悪いが厳選させてもらうことができた。

 新しい家族が、

「いつでも見に来て下さい」と、獣人娘を喜ばす。

 笑顔で送り出してあげた。


 ――しかし。


「顔が……大きいよな……? 『招き猫』っぽくて縁起は良さそうだが……全身……真っ黒だし……」

「黒くてカッコいいニャ! 眼だってキレイな色してるのニャ!」

 瞳の色は獣人娘に似て、美しいエメラルドだ……だが。

「……鳴き声が……」


「ぎゃ」


 ――うまいタイミングで黒猫が鳴いた……。

 ほかの子たちは子猫らしく

「みぃ~」とか、

「ミュ~」とか鳴いたが、この子だけは何故か短く

「ぎゃ」とだけ鳴く。

 ――生まれた時に風邪でもひいたか?


「――! ぎゃ太郎! こんなに可愛いのに!!」

「ぎゃ」

「おい! まて! お前!? 名前つけたの!?」

「ぎゃ」

「可愛いから付けたニャ! ぎゃ太郎ニャ!」

「ぎゃ」

「いやいや! 名前なんか付けたら別れづらくなるだろう!?」

「ぎゃ」

「もう離れられないニャ! この子はあたしが育てるニャ!!」

「ぎゃ」

「おいおいおい! うちにはネコなんて飼える余裕無いだろう!?」

「ぎゃ」

「お前が出て行くニャ! 元々ここはあたしの部屋ニャ!!」

「ぎゃ」

「な! 何だと~!?」

「ぎゃ」

「ぎゃ太郎! 二人で強く生きて行こうニャ!?」

「ぎゃ」

「こらこら! こら……ハァ……おい……」

「ぎゃ」

「……あたしが……ハァ……育てるのニャ……ハァ……」

「ぎゃ」

「ハァ……」

「ぎゃ」

「フゥ……」

「ぎゃ」

「……わかった……! ぎゃ太郎は俺達で育てよう……」

「ぎゃ」

「……そうするニャ……それが一番だニャ……」

「ぎゃ」


 ――こうして『ぎゃ太郎』との共同生活が始まった。

「ぎゃ」




 ――ぎゃ太郎が家族に加わってから、一月ほどが経ったある日……。

 すっかり子猫らしくなって、部屋中ビュンビュン飛び回っている、ぎゃ太郎だったが、その日は何故か元気がない。


「ぎゃ太郎、朝から元気が無いのニャ……」

 獣人娘の膝の上で、うずくまっている。

「……そうだな……随分おとなしい……」

 そういった時、

「ぎゃ」

 ひと声小さく鳴いたぎゃ太郎が、とつぜん小刻みに震えだした。

「ぎゃ太郎っ!?」

 獣人娘が悲鳴に近い叫びをあげる。

「なにっ!? どうしたのニャっ!?」


 ぎゃ太郎の震えは次第に大きくなり、もはや痙攣と言えそうだ。

 うずくまった背中が、不自然にボコリと膨らみ、身体に合わせて大きく震えている。

「なんだ!? 何処かにぶつけたか!?」

「わ、分からないニャ! 知らないニャっ!!」

「ぎゃ」

 苦しそうに、ぎゃ太郎が鳴く。

「にゃっ!! ど、どうするニャ!」

「と、とりあえず伝太郎先生に診てもらおう!!」

「ぎゃ」

「ニャ~っ!! ぎゃ太郎っ!!」


 俺たちは苦しむぎゃ太郎を抱き、『聖伝太郎教会』へ急いだ。



 ――教会へ向かう途中も、ぎゃ太郎は震えが止まらず、時々ビクリと跳ねる様に、獣人娘の胸に抱かれて痙攣した。

「ぎゃ」と苦し気に小さく鳴く。

「――いやぁ! ぎゃ太郎ぅ!!」

 獣人娘はすでに泣き声だ。ボロボロ涙を流して走っている。

 俺は獣人娘の手を引き、教会へ導きながら走った。

(もうすぐだ! がんばれよ! ぎゃ太郎!!)



「すみません! 伝太郎先生!!」


 伝太郎先生は帰り支度で、すでに私服に着替えていた。


 ――全身黒革の、ライダースジャケット、バトルパンツに編み上げブーツ。

 リストバンドとドーベルマンのような太い首輪。

 ピカピカな鍔の付いたポリス帽……すべてトゲトゲに輝く鋲が、ハリネズミの様に打ち込まれている。


「び……ビックリしたなぁ! もおぉぅ!!」


 先生の私服にビックリだ! そんなことより!!


「先生っ! ぎゃ太郎を診てくださいっ!!」

「? ぎゃ、ぎゃたろう?」

「この子です!!」

「にゃ! せんせい! たのむニャ!!」

「お、お、あ、そ、その子ね……どうした?」

 先生は巨大な手で、ぎゃ太郎を受け取り、診察を始めた。

 ――ぎゃ太郎は指先で、うずくまって震えている。

 絵面は『メタルゴッドと生贄』だ。


「お? お……う……うむ……」

「せ、先生……?」

「にゃ~っ……ぎゃたろ~っ!」

「う、うん……ああ、こ、これは……あれだ」

「え? 何かわかりましたか!?」

「あ、ああ……こ、この子は、う、『キャット』だ……」

「ううきゃっと?」

「め……珍しいな……お、俺も……初めて……だ」



「――だ、ダイジョブだぁ……じ、じきに震えも……と、止まる……苦しそうに……み、見えてるだけだ」


 『羽キャット』……それは、数百万匹に一匹ほど生まれる、この世界特有の希少種ネコだそうだ……何というファンタジーな結末……どっと疲れた。


「よ……よかったぁ……」

「……にゃ……死んじゃうかと……思ったニャ……にゃぁ……」

 獣人娘はグズグズ泣いている。しっぽも耳もぺったんこだ。

「――ど、どうする……う、売れば相当な……ね、値が付くぞ……伝手も、あ……有るが?」


 俺と獣人娘は顔を見合わせた。

「まさか? 売ったりしませんよ!」

「あたしたちで、育てるのニャ!」

「そ……そうか……」

 伝太郎先生は、首輪に付いた鎖をジャラリと鳴らし、にやっと笑った。




 ――翌日、ぎゃ太郎の背中に、白鳥のような真っ白な羽根が生えた。


 いずれ空も飛ぶらしい……今から楽しみだ。


 外観的な特徴は他に、しっぽの先が二股に分かれている……猫又か!?


 ――どんな外見であれ……ぎゃ太郎が俺たちの『一推し』で有る事に変わりは無い……。



「――おとさん……だれと、はなしてる……ぎゃ?」


「え!? 君……話せたの!?」


 その情報は『メタルゴッド』も教えてくれなかった。


「ぎゃ?」




―――― 了。

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