かんきち爺さんの孫娘
それはまだ春風が切ないセレナーデを歌っていた昔、三毛猫村に珍しい動物が侵入しました。
その動物は、翼もないのに二本足で歩くのです。
さあ、たいへんです。
村ネコたちは、木陰にひそみ、息を殺して観察しました。
その動物は、ひと昔前、この村に神社や果樹園を造った、かんきち爺さんに似ています。それを覚えている村ネコもいました。違うところは、爺さんは頭やあごから白い毛を生やしていたのに対し、そいつの頭からは、いように長い黒い毛が伸びて、風に乱れていることです。
ついに大将猫のジュリアンと、副大将猫のミケコが、意を決し、そいつの前におどり出ました。
「ここは、あたいらのニャわばりだニャア」
とジュリアンが牙を剝くと、そいつは、二匹の前にひざまずいて、手を差し伸べました。
「まあ、なんてかわいい猫たちなの。ほら、撫ぜてあげるから、おいで」
ジュリアンのシッポの毛が、爆発したようにぼわっとふくらみました。
「そんニャこと言って、あたいを、食べる気だろう?」
そいつは、見たこともない大きな花のようにほほ笑みました。
「食べないよ」
ミケコが問いました。
「あニャたは、ニャにもの? ニャにしに来たニャ?」
「あたし? あたしは、にんげん、よ。名前は、ゆき、っていうの。お爺ちゃんを捜して、ここに来たの」
「お爺ちゃん? にんげんのお爺ちゃんって、もしかして、かんきち爺さん、ニャ?」
とミケコは聞きます。
ゆきの頬が、日の出の太陽のように赤らみました。
「ああ、かんきち爺ちゃんを、知っているのね? そうよ、あたし、かんきち爺ちゃんの、孫娘なの」
才女のミケコは、前足で周りを指しながら言いました。
「ほら、そこの果樹園は、かんきち爺さんが種をミャいて、造ったニャ。向うの神社は、かんきち爺さんが建てて、住んでたニャ」
「住んでた? 今は? 今はお爺ちゃん、どこにいるの?」
ゆきが風を起こすように身を乗り出すので、ミケコはぶるっと後ずさりしながら言いました。
「かんきち爺さんは、わたくしたちに、オオカミとの戦い方を教えてくれたニャ。でも、オオカミに咬まれて、死んだニャ」
「え? 死んだ? ああ、お爺ちゃん・・」
ゆきは青ざめ、ぼうぜんとしていましたが、やがてひりひり震えながら、大粒の涙を流しました。
神社と呼ばれている、かんきち爺さんが住んでいた家へ、ゆきは行きました。
神社の前のほこらには、神さまと呼ばれている白猫がいました。
「おお、あにゃたは・・・あにゃたこそ、神さまにゃあ」
と、ゆきを見た神さまは、瞳を満月のように開いて言いました。
「あたしは、神さまじゃないわ。かんきち爺さんの孫娘の、ゆき、だよ」
と、ゆきは言いました。
神さまは、白いシッポをおごそかに振って、歓迎しました。
「おお、おお、かんきち爺さんの・・・ようこそ、ミケネコ村に」
「あたし、この家に、住んでいいかな?」
と、神社を指さして、ゆきは問いました。
「かんきち爺さんの孫娘のあにゃたこそ、この神社のあととりにゃ」
と、神さまは言うと、しんせいなのど鳴らしを始めました。
神社の横には、温泉がぶくぶく湧いていました。
神社の隅から、爺さんが残したクワを見つけ、ゆきは温泉を掘り広げました。
すると茶ブチ猫が毛を逆立てて怒りました。
「このお風呂は、おいらが掘り当てたにゃーにゃ。壊すやつは、引っ掻いちゃうぞい」
ゆきは、指を伸ばし、茶ブチ猫ののどをそっと撫ぜました。
「あら、まあ、かわいい猫ちゃん、あんた、温泉を掘り当てるなんて、なんて偉い猫なの。名前は、何ていうの?」
「カンタにゃあ」
「あたし、このお風呂を、もっともっと、りっぱにしているの。かわいいカンタ、いっしょにお風呂に入りましょう」
そしてゆきは、人がたくさん入れるくらい大きな露天風呂と、温泉好きのカンタ用の浅い風呂を並べて造ったのです。
カンタののどを撫ぜながら、ゆきが温泉に入っていると、村ネコたちが集まって来て、村の平和ののど鳴らしを合唱しました。
神社の後ろに、ゆきは畑も作りました。
クワで耕した土に、村ネコたちがフンやオシッコをするようになり、それが肥料になるのです。
「あたし、爺さんのこころざしを継ぎたい。猫は、人と仲良く暮らす方が、幸せに長生きできるというわ」
と、ゆきは村ネコたちに言いました。
そして、こんなビラを書いたのです。
猫が好きなあなた、
ミケネコ村にいらっしゃい。
温かい温泉に入れます。
おいしい料理も出します。
大きなシロサイの背中で、かわいい三毛猫が歌います。
ニンジャ猫も、弓矢使いの猫もいます。
ケガした母猫を思いやる、やさしい娘猫もいます。
料金のかわりに、
猫の好きな食べ物、持って来て。
そして猫を撫ぜてあげて。
ビラには、三毛猫村の地図も書きました。
最後に、注意書きとして、
ドロボー猫には、気を付けて。
とも、書きました。
そしてゆきは、遠い人里へ旅をして、ビラを配り歩いたのです。
それから、野菜や穀物やイモ類や果物の種をミケネコ村に持ち帰って、神社の裏の畑にまきました。
数か月後、甘美な匂いの鶏肉を持って、にんげんの旅の家族がミケネコ村を訪れました。
ゆきが出迎えると、村ネコたちもぞろぞろ、歓迎のシッポを振りました。
数匹の三毛猫は、正座したまま、
「おいしいもの、ちょうだいニャ」
と、ランランと輝く瞳で旅人を見つめ、
別の三毛猫たちは、両前足をくにゃっと曲げ、
「ニャぜてくれニャア」
と、あおむけに寝転がりました。
片方の足を、
「かまってくれにゃ」
と、まっすぐ人へ伸ばすキジトラ猫もいれば、
「おいでにゃ」
と、まねき猫のポーズを決める黒ブチ猫もいます。
手裏剣のかまえはや、弓矢のかまえの黒猫たちもいました。
鶏肉を盗もうと目を光らせるドロボー三毛猫もいれば、スズメの声をまねて歌う三毛猫もいました。
そして白猫の、
「せーの」
のあいずで、みんなでいっせいに言うのです。
「ミケネコ村に、いらっしゃいにゃニャ」
はぐれ雲が太陽を隠した空に、金の星が輝いていました。
ミケネコ村にいらっしゃい ピエレ @nozomi22
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