魚とり大会

 それはまだ小川の水さえごちそうだった昔、夕焼けが山々にさくら吹雪を散らす頃、ミケネコ村の南の広場の小川では、三毛猫のサクラが魚とりに熱中していました。

 サクラはまだ小娘で、ちっともうまく魚を捕まえられません。水の中の魚にとつげきしますが、魚たちは彼女の爪をするりとかわして消えるのです。びしょぬれになって、疲れ果てるばかりです。

 それでもサクラは追い続けます。

 ビシャビシャビシャビシャ。

 足を折って上手に狩りができなくなった母のノゾミに、じょうとうの魚を食べさせたいと思うからです。

 ビシャビシャビシャビシャ。

 だけど今日も、一匹もとれないサクラなのでした。


「もっと、しゅんぱつりょくをつけニャきゃ、だめニャ」

 昔、狩りの名手だったキジトラ猫のノゾミが、そう助言しました。

「どうしたら、しゅんぱつりょく、つくニャ?」

 とサクラは聞きました。

 ノゾミママは、林の中で一番高い木を指して言いました。

「この木を、あたしが三つ数え終える前に、登り切りニャさい」

 サクラは、風よりも速く、樹木を駆け上がりました。

 だけどその木は高すぎて、何度やっても目標タイムを切れません。

 それでも百日もすると、サクラは鳥にも負けぬスピードを身につけていたのです。


 サクラはひとまわり大きくなって小川へ行きました。くっきょうな筋肉が水に映りました。流れの間の岩場に身を隠し、鋭い眼光を水中へ突き刺しました。

 やがて魚が近づいて来ました。

 魚が気を抜いて浮かび上がる一瞬を、サクラは待ちました。

 そのわずかコンマ数秒を、サクラは見逃しませんでした。彼女の体は疾風より速く動いていたのでした。ビシャッと、音だけが見えました。次の瞬間には、彼女は魚をくわえていました。そして岩場からジャンプし、河原を軽やかに駆けたのです。

 近くの林で待っているノゾミママに魚を渡して、サクラは言いました。

「ミャミャ、あたい、初めて魚をとったよ。さあ、食べて」

「ばかだね。自分でとった魚は、自分で食べニャ」

 と言って、ノゾミは魚を返そうとします。

「あたいは、また、とってくるニャア。だから、ミャミャが食べて」

 そう言って、サクラは川へと戻って行きました。


 それからまた百日が過ぎ、紅葉が村の色を鮮やかに変える頃、南の広場の小川に、猫たちがぞくぞく集まって来ました。

 今夕は、猫たちの【魚とり大会】なのです。

 優勝者には、特上のマグロの実を一ダース与えられるので、誰もが鼻息荒く、ライバルたちのにらみ合いあちこちで火花を散らせています。

 広場の南に流れる川の河原には、夕陽があふれ、たくさんのススキが頬を染め、猫の軍勢を見て「コワイコワイ」と震えていました。

 優勝候補は、忍法であみをあやつれるニンジャ猫のクロカゲです。だけど去年一等を取ったのは、三毛猫キャサリンでした。なにせキャサリンは、去年の大会で、クロカゲがあみでとった魚を、みごとに盗み取ったのですから。ミケネコ村では、ドロボー猫は、一流の猫のあかしですから、キャサリンが猫たちみんなの称賛をあびたのです。今年の大会も、キャサリンはクロカゲの背後に隠れています。

 黒ブチ猫の村長が、西の山脈を燃やす夕陽を右前足で指して、号令をかけました。

「制限時間は、あの夕陽が沈むまでじゃ。よーいドン」

 村猫たちがいっせいに小川へ駆けました。

 ジャバジャバジャバジャバ、水が引っ掻かれるものですから、小川の魚たちは水底に沈んで逃げ回ります。

 ジャバジャバジャバジャバ、大将猫のジュリアンさえ、一匹もつかまえることができません。

 だけどニンジャ猫のクロカゲは忍術使いです。

「にゃんぽう、投げあみの術」

 と言って、あみを水中へ投げ入れると、魚が三匹とれたのです。

 草の陰に隠れていたドロボー猫のキャサリンが、ここぞとばかりとつげきし、三匹ともくわえて逃げて行きました。

 だけどクロカゲは負けまいと思いました。まだ夕陽は西の山脈をボウボウ燃やしています。

 小川の深みへ狙いを定め、

「にゃんぽう」

 と叫んであみを投げました。

 また三匹あみにかかりました。

 するとふたたび、

 草の間に魚を隠したキャサリンが、目にもとまらぬ早わざで奪い取っていったのです。まさに天下の大ドロボーです。

 なのにキャサリンが草の間に戻ると、隠していた魚が盗まれているではありませんか。

 村いちばんの才女の三毛猫のミケコが、去年の優勝者のキャサリンを狙っていたのです。

 いっぽう、クロカゲはあきらめませんでした。夕陽は半分沈みましたが、まだ山脈をふくれあがらせています。

「にゃんぽう」

 最後の力を振りしぼってあみを投げました。

 またまた三匹とれました。

 だけど今度は三毛猫のレナが飛んで来て、全部くわえて逃げて行きました。この世はドロボー猫ばかり。これが猫たちの魚とり大会なのです。

「ピー」

 と村長が終了の草笛を鳴らしました。

 いよいよ結果発表です。

 ほとんどの猫が、一匹もとれていませんでした。

「うちが、いっとうニャ」

 とドロボー猫のキャサリンが言って、三匹の魚を見せました。

「わたくしがいちばんニャ」

 と才女のミケコが魚を三匹、前足でしめしました。 

「うんニャ、あたしニャ」

 と歌姫のレナが美声を発しました。

 三匹の三毛猫が言い争っていると、茶ブチ猫のカンタが叫びました。

「このこは、四匹もとってるぞい」

 誰もがカンタの方へ目を光らせました。

 カンタの横に、びしょぬれのやせた三毛猫がいて、彼女の前にはりっぱな魚が四匹、草の上ではねていました。

 村長が一番星に届くくらい高らかに発表しました。

「今年の優勝は、サクラ。ノゾミの娘のサクラにゃあ」

「ミャアミャア」

 とサクラは喜び、からだじゅうの水を身震いで振り払いました。二百日のとっくんの成果が出たのです。

 近くの林から見ていた母のノゾミも、

「ミャアミャア」

 うれし涙を流しました。

 村でいちばん貧乏だった母娘が、優勝賞品のマグロの実をもらって、いっとう裕福になったのでした。













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