掻いちゃダメ

 それはまだ小さなネズミも努力すればりっぱな医者になれた昔、ミケネコ村でいちばん歌がじょうずなレナが病院を訪れました。

「レナさん、どうされました?」

 と医師のジュンは、レナに食べられないように注意しながら聞きました。

 ジュンは白いネズミです。

「見てのとおり、右の耳が、こんなになっちゃったニャア」

 と三毛猫のレナは言います。

 ジュンの妻でナースの三毛猫、マリリンが、レナの右耳にさわりながら言いました。

「あら、まあ、パンパンに腫れているニャ」

 ジュンは白ヒゲをピクピクさせて告げました。

「それは耳血腫といって、耳のナンコツの中に、血がたまっているんだよ。すぐに血を抜かなくちゃ」

 マリリンが注射器で血を抜くと、ふくらんでいたレナの右耳は、元のきれいな形に戻りました。

「これで、みんなの前で歌っても、恥ずかしくニャいニャ」

 と言って、レナは目を細めました。

「でも、一つだけ、いいかい?」

 とジュンはまっすぐにレナを見つめて言いました。

「ニャンですの?」

 とレナが問うと、ジュンの目がきびしくなりました。

「その耳は、完全に治ったわけではないんだよ。だからこれからしばらく、耳にかゆみが続くよ。でもね、絶対に掻いちゃダメ。掻いたら、世界が滅びると思って、しばらく過ごすんだよ」


 耳が軽くなったレナは、北の草原へ駆け、シロサイのデカポンの肩の上をステージにして、ヒバリたちのコーラスに合わせて歌いました。


  ミャアアア ミャアアア ミャミミャミミャーン

  ミャアアア ミャアアア ミャミミャミミャーン


 その美しい歌声に、オス猫たちは夢中で踊りました。

 歌姫レナは、のうさつのウィンクや投げキッスをファンたちへおくり、楽しく歌っていましたが、しだいに右の耳がかゆくてかゆくてしかたなくなってきました。それでその気持ちを歌いだしたのです。

 

  耳を掻いちゃダメ 耳を掻いたら世界が滅びるの

  でも掻いちゃダメって言われても たとえ世界が滅びても

  素直になりたいの あたしがあたしであるために

  世界じゅうの誰もかもに ダメダメダメって言われてもダメ

  素直になりたいの だって欲望が子孫を残すのよ

  だから ああ もう逃げられない

  だってだってだって だってかゆいんだもん


 そう歌いながら、レナはとうとう耳を掻いてしまいました。右前足で、掻き掻きしました。すると彼女の右耳は、みるみるふくらんだのです。

 レナは恥ずかしくなって、どこかへ走り去っていきました。


 次の日も、レナはミケネコ村でただ一つの病院を訪ねました。

 そして注射器で血を抜いてもらいました。すると腫れは引きましたが、シワが残ってしまいました。

「今度耳を掻いたら、宇宙がほうかいすると思わなきゃだめだよ」

 と、医師のジュンは目に角を立てて言いました。

 

 レナはひたすら眠っていれば耳を掻かずにすむと思い、東の岩場へ行き、洞穴にもぐって眠りました。

 夢の中でレナは、流れ星を追いかけて、タマとっていました。赤い星、黄色い星、青い星と、調子よく宇宙を跳び越えていましたが、ふいに、ほうき星に耳を咬まれてうなされたのです。

 慌ててほうき星を引っ掻こうとしましたが、まばゆい太陽よりも大きな白ネズミが目の前に現れて、恐ろしい声で注意します。

「掻いちゃダメ。掻いたら、宇宙がほうかいするんだよ」

「でも、このままじゃ、ほうき星に耳を食われちゃうニャア」

 とレナは叫びました。

「掻いちゃダメだって」

「たとえ宇宙がほうかいしても、あたしゃ、こいつが許せニャいんだよ」

 そう言って、レナは右前足でガリガリしながら目を覚ましたのです。


 その次の日も、レナは病院を訪れました。

 彼女の右耳は、シワが寄ったままふくらんでいました。

 ナースのマリリンが血を抜くと、耳はシワだらけになりました。

 医師のジュンが悲しい目をして言いました。

「だから掻いちゃダメだよ。もし、今度、掻いてしまったら、もうけっして元には戻らないよ」


 レナは西の果樹園へ駆けて行き、体の大きなキジトラ猫のランマルを見つけて言いました。

「ランマル、あたしの足を四つとも縛っておくれ」

「にゃにゃにゃ?」

 ランマルは目を丸くして尻込みしました。

「耳を掻いたら、もう治らニャいニャ。あたしを食ってもいいから、今すぐ縛っておくれ」

 レナはランマルに詰め寄っていきます。

「にゃにゃにゃにゃ?」

「縛らニャいと、引っ掻くぞい」

 木にくわしいランマルは、じょうぶなツルを集めて来ました。

 そしてそれでレナの四つ足を縛りました。

 しばらくすると、レナは右耳がかゆくなってきました。でも、縛られた足では掻くことができません。だけど、かゆくて、かゆくて、もうがまんできなくなりました。

 それでレナは言いました。

「ランマル、あたしの右耳を、掻いておくれ」

「治らなくにゃるにゃ」

 ランマルは首を振りました。

 レナは泣き叫びました。

「掻かニャいニャら、いっそあたしを殺しておくれ」

「にゃにゃにゃにゃにゃ?」

 ランマルは怖くなって、木の上へと逃げました。

「かゆいかゆいかゆいかゆい」

 レナはとうとう右耳を下草にこすりつけてしまいました。

 

 数日後、ミケネコ村の北の草原では、シロサイのデカポンの背をステージにして、レナが歌って踊っていました。ちぢれた右耳をあざける者もいましたが、レナはもう、気にしません。だってレナは村いちばんの美声ですもの。ヒバリのコーラスに合わせ、陽気に歌う歌姫に、猫たちは踊り、拍手喝采をおくるのでした。























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