シロサイのデカポン

 それはまだ紅色のバッタがキィースキィースと鳴いていた昔、ある春の夕暮れ、ミケネコ村に迷い込んできたのは、灰色で四つ足の大きな怪獣でした。幅広い口の上に尖った大きなツノがあり、その後ろに丸っこいツノもあります。目は小さく、耳は頭にピンと立っています。歩くと、ドスドス大地が揺れました。

 さあ、たいへんです。怪獣の口は猫をひと飲みしそうなくらいですし、ツノは世界の果てまで突き飛ばしそうですし、大きな足に踏まれたらペシャンコに潰されるに違いありません。

 黒ブチ猫の村長は、全身の毛をハリネズミのように逆立てて、村じゅうを駆け回り、男性の若者たちを集めました。

 大将猫のジュリアンも、ミャアン、ミャアン、と遠吠えして、三毛猫の娘たちを集めました。

 夕焼け空が黄金色に燃え、星々が色づき始めた時、南の広場で、怪獣と猫たちが向かい合いました。

「ここは、あたいらのなわばりだニャア。怪獣は、立ち入り禁止ニャ」

 とジュリアンが夕陽に牙を光らせて言いました。

 怪獣は小さな目から大粒の涙をこぼしました。

「オラ、怪物じゃねえだ。シロサイだがね。シロサイのデカポンだあ」

 ジュリアンは、シッポをぼわっと立てたまま言います。

「シロサイだか、デカポンだか、知らニャいが、ミケネコ村に、怪獣の居場所はニャいニャ」

「オラ、怪獣じゃないってば。オラ、ひとりぼっちで淋しいだが。村の片隅でおとなしく草ばかり食べているから、仲間に入れてくれよ」

 デカポンは大きな頭をペコペコ下げました。

 それでもジュリアンは首を横に振ります。

「聞き分けの悪い怪獣だニャア。出て行かニャいと、みんなで引っ掻いちゃうぞい」

 大勢にミャアミャア詰め寄られ、デカポンは泣く泣く村を出て行きました。

 村はずれの川の流れに、醜くゆがむ影を映して、デカポンは独り言を言いました。

「こうなったら、ほんものの怪獣になって、村で暴れような。猫たちを、くっぷくさせようかな」

 日が暮れて、夜が深まるにつれて、デカポンの影は、真っ黒になっていきました。

 ふいに、村の方で、悲鳴が上がりました。それは大地も割れそうな絶叫でした。デカポンが耳を向けると、助けを呼ぶ声が聞こえます。

 デカポンは走りました。視力は猫たちに劣りますが、耳と鼻はとても利くデカポンです。ドスドス大地を揺らしながら、声のする場所へ駆けつけました。

 そこは北の草原で、北の山からオオカミが三匹降りてきて、猫たちに襲いかかっているではありませんか。

 闇に赤く光る目がデカポンをにらみました。いかくのうなり声も響きました。闇にまぎれてよく見えませんが、音と匂いをたよりにデカポンは突進しました。そしてオオカミの一匹を、自慢のツノで突き飛ばしました。そのいりょくは火山の大噴火のよう。驚いたオオカミたちは、山の奥へ逃げて行きました。

 猫たちが群をなしてやって来ました。

 デカポンは背を向け、村を出て行こうと歩きかけました。

「ちょっと待ちニャ」

 と大将猫のジュリアンが呼び止めました。

「どく行くにゃあ?」

 と黒ブチ猫の村長も呼びかけました。

 デカポンは振り返り、目をショボショボさせて猫たちの金や緑に光る目を見ました。

「ここは、きみたちのなわばりなんだろ? オラ、おとなしく出て行くだあ」

 ジュリアンが大きな声で引き留めました。

「シロサイさん、あんたは、オオカミをやっつけてくれた。だから、あんたは、あたいらの仲間ニャ」

 村長も言いました。

「この北の草原の草、全部食べていいから、ここにいて、村猫たちを守ってくれにゃあ」

 デカポンは、鼻をヒクヒクさせて、猫たちの匂いを嗅ぎました。

「ほんとうかい? ほんとうに、ここがオラの居場所かい? ほんとうに、オラたち、仲間かい?」 

 猫たちがシッポを振って、

「デカポン、バンザイ」

 とたたえました。

 やわらかな草の上にデカポンが座ると、猫たちが背に乗って遊びました。

 満天の星が鮮やかに降り注ぐ草原で、デカポンは猫たちと幸せな夢を見るのでした。











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