マリリンのジュン愛

 それはまだ七色の紅葉がセレナーデを歌いながら舞っていた昔、ミケネコ村いちばんの美猫のマリリンが、恋に落ちてしまいました。

 さあ、たいへんです。なにせ禁断の恋なのですから。

 美しい白い毛、かわいい丸い耳、愛くるしい瞳、それらすべてにマリリンは夢中です。

「ダーリン、お名前を、教えてニャ」

 恋する相手の小さな家の前で、マリリンは積極的に呼びかけます。

「おいら、ジュン、おまえは、何て美しい三毛猫なんだ」

 そう言って、窓から少しだけ顔を出すのは、若い白ネズミでした。

 マリリンは、顔を赤くして言いました。

「あたいのことは、マリリンと呼んでくださいニャ、かわいいジュン様」

「それで、おいらに、何のようだい?」

 と聞くジュンに、マリリンはマグロの実を差し出しました。

「村いちばんおいしい贈り物をあげるニャ」

「どうしておいらにくれるんだい?」

「あたい、ジュン様をひと目見た時から、夢中ニャン。だから、そこから出てきてニャ」

 ジュンは驚きで全身の毛を逆立てました。

「おいらを食べる気かい?」

「食べニャいニャ。あたい、ジュン様の体じゅうをニャめてあげるニャ」

 マリリンは、まさに猫なで声で誘います。

 ジュンはヒゲの先からシッポの先まで震わせて言います。

「そんなこと、信じられないよ。だって、おいらの家族も親戚も、みんな猫に食べられちゃったんだよ。猫はおいらの仇なんだ」

「あたいは、誓うニャ。一生、ネズミだけは、食べニャいと」

 うるんだ瞳いっぱいにハートを浮かべて、マリリンはジュンを見つめました。

「ほんとう?」

「ほんとうニャ」

 ジュンはマリリンの瞳の誘惑に魅せられて、胸が熱くなりました。

 だけどまだ信じられません。

 ジュンはためしに家の窓からシッポを出して、カサカサ動かしてみました。するとマリリンは猫の本能で、鋭い爪をギロチンのように振り下ろしたのです。

 ジュンは恐ろしさにブルブル震え、家の奥へ引っ込んでしまいました。


 次の日も、また次の日も、マリリンは贈り物を持ってジュンの家を訪ねました。

 だけどジュンは出て来ません。

 マリリンは切ない声で問いかけました。

「愛しいジュン様、あたいのこと、嫌いニャ?」

 ジュンは震える声で答えました。

「マリリン、おまえほど美しい猫を、嫌いなわけないだろ。おいら、おまえに見つめられると、胸がドキドキ苦しくなるんだ」

 マリリンの胸は熱い血潮で燃え上がりました。

「あたいも、あんたを見ると、心臓がドキドキ苦しいニャ。だから、一度、出て来てニャ」

「だっておまえ、おいらを食べちゃうだろ?」

「食べニャいニャ」

「ほんとう?」

「ほんとうニャ」 

 ジュンは窓からそおっと顔を出し、耳をピクピク動かしてみました。するとマリリンはやっぱり猫の本能で、鋭い爪を稲妻のように炸裂させてしまいました。すんでのところで身をかわしたジュンは、恐怖に震えながら家の奥へ逃げ込んでいきました。


 それからも、マリリンの恋しい気持ちは積もるばかりです。とうとう彼女は一大決心をして、爪職猫のクロスケの元へ行きました。黒猫のクロスケは、猫たちの爪をきれいに研ぐのを専門としています。

「あたいの前足の爪、ぜーんぶ、抜いておくれニャ」

 そうマリリンは依頼しました。

「にゃにゃにゃ?」

 クロスケは全身が白毛になりそうなくらい驚きました。

「あたいの爪を、抜くのニャ」

 とマリリンは繰り返し言います。

 クロスケは目を丸くし、ヒゲをピクピク動かして言いました。

「そんにゃことしたら、獲物も取れにゃいし、戦いにも勝てにゃいにゃあ」

 だけどマリリンのいちずな思いは変わりません。

「いいのニャ。爪があると、あたいの最愛のジュン様を、傷つけてしまうのニャ」

 クロスケは道具箱からペンチを取り出し、マリリンの自慢の爪を一本ずつ抜きました。マリリンの絶叫が、何度も何度も、ミケネコ村を揺るがしました。

 村じゅうの動物たちが、地獄絵のようなその現場に集まって来ました、もうあと一本で前足の爪すべて抜き終わろうとした時です。草の陰から一匹の白いネズミが飛び出てきて、クロスケに突進し、足に咬みつきました。ジュンです。

「マリリンを傷つけるやつは、おいらが許さないんだ」

 とジュンは叫びました。

 クロスケがジュンを捕まえようとすると、マリリンがクロスケの顔に、一撃必殺の猫パンチを見舞いました。

「ジュン様に手を出したら、あたいが許さニャいんだニャ」

 それからマリリンは、ジュンに言いました。

「ジュン様、あたい、ジュン様を傷つけニャいよう、爪を抜いてもらってるのニャ」

 最後の一本をクロスケに抜いてもらうと、マリリンは劇痛のあまり、気を失ってしまいました。マリリンの両前足は血だらけでした。その一本一本の指を、ジュンは泣きながらなめて、いやしました。


 他の猫たちもネズミたちも、マリリンとジュンの恋愛が理解できません。

 猫たちは、村の神さまにお伺いを立てようと、神社へ行きました。

 黒ブチ猫の村長が、代表で聞きます。

「猫とネズミの恋にゃんて、許されるにゃ?」

 ほこらの中で寝ていた神さまは、白いヒゲをおごそかに揺らして告げました。

「誰とでも、にゃかよきことは、よいことにゃあ」

 猫たちは神さまを引っ掻いてやろうかと思いましたが、神さまがしんせいなイビキをかきはじめたのでやめました。


 ジュンはマリリンの所へ食べ物を持って行き、心を込めて看病しました。マリリンはひどい熱を出して重病です。ジュンは神社の本棚にあった医学書を読んで、マリリンのためにミケネコ村の医者になることを決心しました。毎日、傷に効く薬草も採って来て、噛み砕き、マリリンに口移しで飲ませたり、傷ついた指に塗ったりしました。 

「ダーリン、どうしてこんニャにやさしいニャ?」

 と涙を流しながらマリリンは聞きます。

 ジュンはマリリンの指にキスして言いました。

「おいらなんかのために、マリリンは、自分を犠牲にしてくれたじゃないか。だからおいら、マリリンのためなら、何だってするよ?」

「ああ、こんなに幸せでいいのかしら?」

 マリリンはジュンを胸に抱き、幸せののど鳴らしを奏でました。それがあまりに心地よいので、ジュンも「おいらも幸せ」と言いました。


 そしてマリリンの熱が下がり、傷もいえると、、ふたりは神社へ行き、村の神さまの前で、草で編んだ腕輪の交換をしたのです。

 神さまが神父を務めました。

「新郎、ジュンよ。あにゃたは、マリリンを、永遠に愛すると誓いますにゃ?」

 そう問いながらも、神さまはおいしそうなジュンを食べようと、爪を出した手を伸ばしました。

 マリリンがすかさず一撃必殺の猫パンチを神さまに見舞うと、

「はい、一生、愛しまチュー」 

 とジュンは誓いました。

「新婦、マリリン、あにゃたは、ジュンを、永遠に愛すると誓いますにゃ?」

 とマリリンに問う時も、神さまはちゃっかりジュンに手を伸ばしました。

 マリリンは電光石火の飛び蹴りを神さまに食らわしながら、誓いました。

「はい、一生、愛するニャ」

 そしてマリリンとジュンは、誰もが目を覆うほどの危ない口づけをかわし、ミケネコ村で初めての、三毛猫と白ネズミの夫婦となったのです。










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