温かいもの

 それはまださくら色の雪がひらひら舞っていた昔、ミケネコ村の猫たちは、神社の横の(あったかくぼ地)に集まります。その場所の地面が、冬でも温かいからです。

「神さま、どうしてここは、こんなに温かいにゃ?」

 と黒猫のクロスケが神社の神さまに尋ねました。

 ほこらの中で寝ていた神さまは、自慢の長いヒゲをヒクヒク動かして答えました。

「それはにゃ、その下に、温かいものがあるからにゃ」

「温かいものってニャンニャ?」

 と村いちばんの才女のミケコが瞳を輝かせて聞きます。

 神さまは白い眉を八の字に曲げて言います。

「それは、誰も、知らにゃいにゃ」

 キジトラ猫のランマルが地面にお腹をつけて言いました。

「おいら、温かいものが、大好きにゃん。お母さんの胸も、温かかったにゃあ」

「それじゃあ、この土の下に、ミャミャの胸があるのかしら?」

 とミケコが言って、地面に耳を当てました。そしてエメラルドの目を大きく開けて言います。

「ニャニャ? 聞こえるニャ。ミャミャの心臓の音が、ボコボコ聞こえるニャ」

 周りの猫たちが、いっせいに地面に耳を当てました。

「ボコボコ、ボコボコ、聞こえるにゃ。ミャミャの胸がなってるにゃ」

 と猫たちは大合唱しました。

 冬の間、猫たちはその場で温かい地面に耳を当てて、喉を鳴らし、目を細めました。


 春が来て、梅雨が過ぎ、夏になりました。ギラギラ太陽が身を焦がし、猫たちは神社の横のあったかくぼ地に集まりません。

 だけど、ただ一匹だけ、茶ブチ猫のカンタだけがその場を離れないのでした。

 不思議に思ったミケコが、ほこらの神さまに尋ねました。

「神さま、カンタは、どうしてあんニャ熱いところに居続けるのニャ?」

 神さまはシッポをおごそかに振って、答えました。

「カンタは、生まれてすぐに母を亡くしたにゃ。だから、母の胸が恋しいにゃ」

 ミケコは、神社からカンタに呼びかけました。

「ニャア、カンタ、そんニャにミャミャの胸が恋しいニャ?」

 カンタはシッポをバタバタさせて言いました。

「おいらのことは、ほっといてにゃ」

「そんニャに恋しいニャら、土の中に、もぐっちゃえばいいニャ」

 そう言ってミケコは笑いました。

 カンタは牙を剥き、爪を尖らせました。


 夜になると、銀の月明かりの下、カンタは爪をいっぱいに出して、温かい土をカリカリ掘り始まました。

 カリカリ、カリカリ、星降る夜も、雨の夜も、掘り続けました。

 あったかくぼ地に耳を当てると、ボコボコボコボコ、音が大きくなりました。

「お母さんの鼓動が、大きくなったにゃ。お母さんの胸まで、もう少しにゃ」

 カリカリカリカリ、掘り続けました。


 マンジュシャゲが咲く秋になっても、カリカリカリカリ。

 神社からミケコが呼びかけました。

「ニャア、カンタ、あんたの指は血だらけニャニャいか。そんニャにミャミャの胸が恋しいニャ?」

 カンタはシッポをぼわっとふくらませて怒りました。

「おいらのことは、ほっといてにゃ」

 ほこらの神さまも注意しました。

「いくら掘っても、にゃんにも出てこないにゃ」

「あっち行かにゃいと、引っ掻いちゃうぞい」

 カンタは目に涙を浮かべて、カリカリカリカリ、掘りました。

 突然、ボコボコという音に地面が揺れ、カンタの爪の下から温かいものが飛び出してきました。最初は白い煙のようなものでしたが、やがてそれはお湯になり、驚いてでんぐり返ったカンタに降り注ぐではありませんか。

「お母さん? お母さんにゃの?」

 そう叫ぶカンタは、みるみるお湯まみれになり、あったかくぼ地に湯が満ちていきました。

 ミケコも神さまも、全身の毛を逆立ててその光景を眺めていました。

 こうしてあったかくぼ地は温泉になりました。

 だけど猫たちはお風呂が好きではありません。それでも冬になると、温泉の周りに集まってまどろみます。そしてただ一匹温泉につかって喉を鳴らすカンタを、不思議そうに見るのです。











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