実りの冬

 それはまだ猫たちがイワシ雲を追って大ジャンプしていた昔、ミケネコ村では、ニンジャ猫の父子、クロゾウとクロカゲが、日々、忍法の特訓にはげんでいました。

 そんなある日、父子は大将猫のエリザベスに、西の果樹園に呼び出されました。

「おみゃあらが弱かったせいで、かんきち爺さんが死んだニャア。その責任を取ってもらおうか」

 と三毛猫のエリザベスは息も荒く言いました。

「責任って、にゃににゃ?」

 と黒猫のクロゾウは聞きます。

「おみゃあらは、忍術使いニャニャ?」

 と問い返すエリザベスに、クロゾウは、

「いかにも」 

 と答えました。

 するとエリザベスは、果樹園の樹々を指さして言いました。

「これらの樹々は、種をまいてだいぶたつが、未だに実がニャらニャい。おみゃあらの忍術で、実をニャらせるのニャ」

「にゃにゃにゃ?」

 クロゾウは尻込みしました。

 エリザベスはエメラルドの目をめらめら燃やして言います。

「満月が三回来るまでに、実らせニャければ、ニンジャ猫失格ニャ。責任取って、この村を出て行ってもらうニャア」

「にゃにゃにゃにゃ?」

 黒猫親子はおどろきのあまり、いっしょにでんぐり返りました。


 さあたいへんです。

「木の実をにゃらせるにゃんぽうにゃんて、わからにゃい」

 とクロゾウは頭を抱えました。

 木の幹をいくら引っ掻いても、枝をどんなになめても、むだでした。

 ひと月後には、クロゾウはとうとう心労で寝込んでしまいました。


 息子のクロカゲは、村の中ほどにある神社へ行って、鈴を鳴らし、訴えました。

「村の神さま、おいらの父ちゃんを、お助け下さいにゃ」

 ほこらで寝ていた神さまが、りっぱなシッポを吹雪のように広げて問いました。

「おまえの父が、どうしたんにゃ?」

 クロカゲは、神さまのグリーンゴールドの目を見つめて言いました。

「果樹園の樹々に実をにゃらせにゃいと、父ちゃんもおいらも、この村を追い出されるにゃあ。その方法がわからにゃくて、父ちゃんは病気になったにゃあ」

 神さまは、白いヒゲをひくひくさせて考えました。やがて白いシッポをおごそかに振り振りしながら告げました。

「かんきち爺さんに聞いたことがある。木や草がりっぱに育って実をつけるには、コヤシ、というものが、ひつようだと」

「コヤシって、にゃんにゃ?」

「動物のフンやオシッコや、死がい、だそうにゃ」

「にゃにゃにゃ?」

 クロカゲはおどろいて、でんぐり返りました。


 息子のクロカゲから秘法を聞かされたクロゾウは、病気の体にむちうって、果樹園の木のまわりの土を爪で耕しました。一本一本、根の近くを耕し終えると、村じゅうの猫を集めて言いました。

「みにゃのもの、これからこの果樹園が、おまえたちのトイレにゃ。オシッコもフンも、木の根元でするのにゃ。それから、死ぬときも、木の根元に穴を掘って死ぬのにゃ」

「にゃにゃにゃ?」

 猫たちはみな目を丸くしました。

 大将猫のエリザベスが問います。

「ニャんでニャア?」

 クロゾウは荒い息を吐きながら言いました。

「それが果樹園の木に実をつける、にゃんぽう、にゃあ」

 猫たちはみな、でんぐり返りました。


 猫たちはデリケートです。果樹園の木の根元にフンをすると、耕された土をかぶせます。それが樹々の肥料になりました。

 ひと月後には、、晩秋だと言うのに花が咲きました。チクワの木には紅い花が、マグロの木には紫の花が、希望の唄を口ずさみながら咲きました。

 だけどクロゾウは、自分の死期を感じていました。

 それまで村猫たちは、東の岩場のほら穴に身を隠して、誰にも見られずに死ぬのが、ならわしでした。

 どけどクロゾウは、ある日の夕方、息子のクロカゲを果樹園の真ん中に呼んで、言いました。

「わしは、もう、死ぬ。死んで、みんにゃのために、マグロの実になるのにゃ。この樹々に実がなれば、おまえもこの村で、幸せに暮らせるにゃ。この、いちばん大きな木の下に穴を掘ってもぐるから、おまえが土をかぶせておくれ」

「死んだらだめにゃ」

 とクロカゲは首を振りました。

「老いぼれても、誰かのためににゃることは、幸せにゃことにゃ」

 とクロゾウは言います。

 クロカゲは目にいっぱいの涙を浮かべて、すがりました。

「おいらに、もっと、もっと、にゃんぽうを、教えておくれにゃ」

「これが、わしの、最後の、にゃんぽう、にゃ」

 そう告げて、クロゾウは大きなマグロの木の下の土に爪を当て、ガリガリ穴を掘りました。病気でやせ衰えた体で、爪を血だらけにして、ガリガリガリガリ、掘り続けました。クロカゲも泣きながら手伝いました。東の星々が南を通って西へ沈んでも、お日様が東から南を通って西へ沈んでも、ガリガリガリガリ、掘り続けました。

 クロカゲは、果樹園の南にある林を駆け回って、父の好物のハツカネズミを獲って来ました。

 力尽きた体で穴に入った父に、クロカゲはネズミを差し出しました。

「しんせんなネズミだよ」

「ありがとう、クロカゲよ」

 とクロゾウは言いましたが、もう食べる気力は残っていませんでした。

 それでも、息子の贈り物の匂いを嗅いで、幸せそうに笑うのでした。

「さあ、わが最愛の息子よ。土をかぶせておくれ」

 と父に言われ、クロカゲはまた泣きだしました。

「おいら、できにゃよ」

「わしは、おまえにやってもらいたいのにゃ。これが、おまえが、父にできる、最後のにゃんぽうにゃ」

「これが、おいらが父ちゃんにできる、最後のにゃんぽう、にゃんだね?」

 クロゾウは最後の力を振り絞って笑ってみせました。

 クロカゲも泣きながら笑ってみせました。

「にゃんぽう、あったかもうふ」

 と唱え、クロカゲは父に土をかぶせました。

「父ちゃん、寒いだろう? でも、これで、寒くにゃいからね。土の中は、あったかいからね」

 前足を使って、クロカゲは土をかぶせ、ウウンウウンと泣き声をあげながら、いつまでもその場を離れませんでした。


 それからさらにひと月が過ぎ、ミケネコ村に初雪が舞う頃、クロゾウが根元に眠る大きな木の花の元がふくらんで、とうとう実ができたのでした。やがて他の樹々にも、次々と実がなったのです。













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