ミケネコ村にいらっしゃい
ピエレ
世捨て人のかんきち爺さん
それはまだ天の川がララバイを歌いながら流れていた昔、ミケネコ村に見なれぬ生き物がやって来ました。
さあ、たいへんです。
猫たちは木や草の陰に隠れ、その動物を見張りました。
奇妙なことに、そいつは二本足で立って歩くのでした。
大将猫のエリザベスが、勇気を振り絞って彼の前に進み出ました。
「ここは、あたいらの、にゃわばりだニャア。おみゃあは、にゃにものニャア?」
「わしかい? わしは、世捨て人じゃよ。名前はかんきち。人里離れた奥地でひとり、余生をすごすのよ」
と彼は言いました。
そうです、彼はにんげんなのです。
かんきち爺さんは、エリザベスの前に膝をつき、手を差し伸べました。
「おまえは、美しい三毛猫じゃのう。さあ、撫ぜてあげるから、おいで」
エリザベスは、エメラルドの目で爺さんを見つめながら、尻込みしました。
「そんニャこと言って、おみゃあは、あたいを、食べる気だろう?」
かんきち爺さんは、顔じゅうしわくちゃにして笑いました。
「わしは、猫は食べないよ。食い物なら、たくさん持っとるでよ」
そう言って、背負っていたリュックから、茶色いかたまりを出しました。
おいしい魚のような、魅惑の匂いが猫たちを襲いました。
「それはニャンニャ?」
とエリザベスはよだれをこぼして聞きました。
「チクワの実じゃよ」
と言って、かんきち爺さんは、それをむしゃむしゃ食べました。
エリザベスは、ミャアミャア鳴きました。
爺さんはチクワの実を半分差し出しました。
エリザベスは用心深くなめ、一口かじってみました。こんなおいしいものは食べたことがありません。目を細め、ミャウミャウうなりながら食べてしまいました。
かんきち爺さんは、リュックから、赤色のかたまりも出しました。
「そんなにおいしいなら、これはいかがかな?」
ごくじょうの魚の匂いに、我を忘れた猫たちがミャアミャア寄って来ました。
「それは、ニャンニャ?」
とエリザベスは目をうるませて問いました。
「これは、マグロの実じゃよ」
かんきち爺さんは、それを一口食べると、残りを小さくちぎって、猫たちにばらまきました。
あごが落ち、舌がとろけるほど美味なマグロの実に、猫たちは目を輝かせ、ミャウミャウうなりました。
「おみゃあは、あたいらの、神さまニャア」
とエリザベスは言いました。
猫たちが寄っていくと、爺さんは、耳の後ろやあごなどをやさしく撫ぜました。そのあまりもの気持ちよさに、猫たちはグールグルグル、グールグルグル、のどを鳴らしました。
「そんなにおいしいなら、わしが死んでもおまえらが食べれるように、種をまいてあげよう」
爺さんはそう言って、ミケネコ村の西側に果樹園を造りました。
村の中ほどに(あったかくぼ地)と呼ばれる猫たちのたまり場があります。かんきち爺さんは、その横に、自分の住む家も建てました。
かんきち爺さんの家の玄関には、ひものついた大鈴があり、猫たちは鈴を鳴らして、願い事をしました。
「ニャにか食べたいニャ」
と願えば、食べ物をもらえ、
「気持ちよくしてニャ」
と祈れば、撫ぜてもらえました。
猫たちは、その家を「神社」と呼び、爺さんを「神さま」と呼びました。
猫たちがあまりに「神さま」とよぶので、かんきち爺さんは、家の前にほこらを造り、白猫のタラスケのすみかにしました。
そして猫たちに告げました。
「わしは、神さまじゃない。猫たちの神さまは、猫の姿であるべきじゃ。だから、今日から、この白猫がみんなの神さまじゃ」
白猫のタラスケは、その日から「神さま」と呼ばれ、ほこらの中で、しんせいなイビキをかくようになったのです。
猫たちの最大の敵は、北の山のオオカミでした。
かんきち爺さんは、夜中にオオカミの遠吠えや、猫が襲われる悲鳴を聞きました。
爺さんは、夜の戦いに有利な黒猫たちを集めて教育しました。
クロキチと、その息子のクロボーには、弓矢の作り方と、使い方を教えました。
クロゾウと、その息子のクロカゲには、罠の仕掛け方や、忍法を教えました。
クロッチと、その息子のクロスケには、爪の研ぎ方と、引っ掻き方を教えました。
赤い三日月の夜、北の草原の向うで、オオカミの悲鳴がひびきました。
クロゾウ親子が作った落とし穴に、山から下りて来たオオカミが落ちたのです。落とし穴には竹槍がたくさんあって、オオカミは深い傷を負いました。
かんきち爺さんと黒猫たちが、北の草原へ駆けつけました。
オオカミは全部で五匹いました。
落とし穴に落ちた二匹が、傷だらけで逃げて行きます。
仕掛けあみにかかったオオカミが一匹、もがいています。
「クロッチ、クロスケ、あのあみにかかったオオカミを、体じゅう、引っ掻いてやりなさい」
とかんきち爺さんはクロッチ親子に命じました。
残りは、罠にかかっていない二匹です。
その二匹のオオカミが、かんきち爺さんの方へ突進してきました。
闇にまぎれた黒猫たちが、進み出て迎え撃ちます。
クロキチ親子が放った矢が、一匹の顔に命中し、片目を潰されたそのオオカミは、一目散に逃げて行きました。
最後の一匹がかんきち爺さんにおそいかかる直前、クロゾウ親子が隠れ身の術から飛び上がりました。
「にゃんぽうオオカミ斬り」
と叫んで、同時に猫パンチをあびせましたが、オオカミの突進に、親子いっしょに吹き飛ばされてしまいました。
闇に赤く光る狼の目が、眼前に迫りました。恐ろしい牙によだれを散らす、荒い息が激突してきます。かんきち爺さんは、持っていたクワを振り回しました。クワの刃が獣の首に食い込みましたが、オオカミはひるまず、爺さんの首に咬みつきました。死を告知する痛みが、首から脳天へ貫きました。「ガルル」という獣のうなり声が、爺さんを地獄へ引きずり込もうとしています。それでも爺さんは、もう一度クワの刃を獣の首へ叩き込みました。オオカミは「ギャン」と鳴いて、爺さんから離れ、倒れました。クロキチ親子が、とどめの矢をオオカミの胸に射ました。
草陰から見ていた村の猫たちが、かんきち爺さんへ駆けて来ました。
赤い三日月は西の山に沈み、北の草原には満天の星が降り注いでいました。
「黒猫たちよ、でかしたぞ。これでしばらくオオカミたちは来ないじゃろう」
と、かんきち爺さんは言いましたが、口から血を吐くと、草の上にバッタリ倒れてしまいました。
首から血の匂いが漂いました。
青、白、黄、赤の星々が、彼の瞳に落ちて来ました。
三毛猫たちが、彼の傷をなめたり、心臓マッサージしたりしました。まわりの猫たちが彼の名を呼びました。
かんきち爺さんは、猫たちを撫ぜながら言いました。
「世捨て人のわしが、最後におまえたちのために何かできて、わしはどんなに幸せなんじゃろう」
大将猫のエリザベスが、エメラルドに光る目をうるませて問いました。
「すると、おみゃあは、もうだめニャのか?」
かんきち爺さんは、エリザベスに別れのキスをして、言いました。
「だめのものか。わしは、この空の星の一つになるだけじゃて」
かんきち爺さんの心臓が止まり、息をしなくなっても、三毛猫たちは、爺さんの体じゅうを前足でふみふみしていました。爺さんの名を呼び続ける猫たちを、星々がずっと見つめていました。
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