私の推し活

プテラノプラス

私の推し活

 私は暖かな夕日の差し込む廊下を足早に進んでいた。人に呼びだされていたからだ。

 目的の教室の前までやっとたどり着くと息を整えて時間を確認した。……五分前。多分あの子はもういることだろう、そういう相手だ。私は扉に手をかけた。

 「ジュンコちゃん。話ってなに?」

扉を開けて部屋に入るとジュンコちゃんの姿を見つける前に私は本題に斬り込んだ。すると予想通り綺麗な声が返って来る。

 「ああ、来てくれたんだねサチくん。いやなに、一つ君に尋ねたいことがあってね。そのために放課後にご足労いただいたわけさ」

 オレンジ色に染まる室内には凛とした雰囲気の女の子。私の友人であるジュンコちゃんがいた。彼女はとても端正な顔立ちをしていて同性の私から見てもくらくらしてしまうほどのイケメンさん。だけど一つ大きな問題がある。

 「えーと……尋ねたいことって何かな?私に答えられることならいいけど」

 「答えられるとも!私に関することで君に答えられないことなどおおよそないからね!そうだろう?」

 「え……えぇ……」

 期待が重い。そうなのだ、彼女はすることなすこといちいち大仰なせいで若干残念なイケメンのカテゴリに入れられている娘なのだ。しかも私の事をそれはもう重いぐらいに信頼している……ようなのだ。なのでクラスが違うにも関わらず今日のように放課後呼び出されることが度々、いや週に三度ぐらいある。休日を含めれば平均週五だ。そんな彼女が目の前で口を開く。

 「君に尋ねたいとことはだね。……ズバリ」

 「ずばり?」

 「推し活という奴についてだよ。私はこれが現代人の嗜みだと聴いて以降一体どうしたものかと頭を悩ませていてね」

 「はあ……」

 推し活は一部の間の人達だけで流行ってることなんだけど。大仰に勘違いしているジュンコちゃんは可愛いなと思う。

 「推し活とは自分が思う尊いものに対して行う活動らしいじゃないか。だがね?私にはその尊いというものがよくわからないのだよ。なんせこの世で私以上に尊いものもないからね。実感がわかないまま推し活してもそれは推し活をしている他の人に失礼というものだろう。私はどうすればいいと思う?このままでは私は現代のルールに適応できない旧時代の聖遺物になってしまうよ!」

 「なるほど……そんなことで悩んでいたんだね」

 実にジュンコちゃんらしい悩みだった。でもこれなら私でもなんとかできそうだ。

 「それなら簡単だよジュンコちゃん」

 「おぉ流石サチくんだ。してその方法とは?」

 ずいっと身を乗り出して答えを求めて来るジュンコちゃん。その綺麗なお顔が息が届くような距離に……正気を保つのが大変。目の前にいるのは大きいワンちゃん~大きいワンちゃん~っよし。正気に戻った。

 「それはね。ジュンコちゃんはジュンコちゃんを推せばいいんだよ」

 「私が……私を推す?」

 そう、それこそが私が考えた解法。

 「推しっていうのは自分が推せるっと思った尊いものに対して自発的に行うこと。ジュンコちゃんは推せるものがないっていってたけど一つ尊いって思ってるものあるよね?」

 「なるほどそれが!」

 私は一歩距離を取ってびしっとジュンコちゃんを指さす。

 「そう、それがジュンコちゃん自身。ジュンコちゃんはジュンコちゃんを讃える活動をどんどんやっていけばそれが推し活になるんだよ!」

 決まった……。見ればジュンコちゃんは私の答えに感銘を受けたのかしきりに首を縦に振っている。赤べこみたいで可愛い。

 「そうか。私は私のセルフプロデユースをやればそれが推し活につながるというわけだね。素晴らしい!」

 「うんうん。これで悩みは解決したかな?」

 「したとも!ありがとう流石はサチくんだ。こうしてはいられない私は早速推し活をしてくるよ!成果を楽しみに待っていてくれたまえ!」

 そういうとジュンコちゃんは私を置いて教室から出て行ってしまった。私ももう用事はないしその日は真っすぐ家に帰ったのだ。

 思えばこの日が始まりだったのだろう。ジュンコちゃんの推し活はやがてとんでもない領域にまで到達した。順を追って回想していこう。

 私がジュンコちゃんに推し活セルフプロデユースを提案した次の日の事だ。またしても私はジュンコちゃんに呼び出されていた。前日が金曜日だったので今日の会場はジュンコちゃんの家だ。

 ジュンコちゃんの家は始めて見る人は大抵腰を抜かすほどの大豪邸なのだが私は既に何度も足を運んでる。使用人さんたちへの挨拶も慣れたものですぐにジュンコちゃんの部屋の前までたどり着く。

 私はコンコンと扉をノックした。そしてドアノブに手をかけて呼び掛ける。

 「ジュンコちゃん入るね~」

 返事も待たずに私はジュンコちゃんの部屋に入る。すると私の視界に机に座り佇んでいるジュンコちゃんが写った。なんだかシリアスでかっこいい。

 ジュンコちゃんは私に気付くと体ごとこちらに向けて。

 「ああ、サチくんか。よく来てくれた丁度完成したところだったのだよ」

 「完成?」

 なんのことだろう。よく見れば机の上には紙束が載っていてその周囲にはペンやインクが置いてある。まさか……いやまさかね。

 私がそうやって思い描いた予想を否定しようとしている中ジュンコちゃんは紙束を抱えて私に見せてくれる。

 「主役私、ヒロイン私、敵役私、モブ私の登場人物オール私漫画だよ」

 「やっぱり~!?」

 「読んでみてくれたまえ」

 漫画を描くというのはジュンコちゃんのイメージにあまり結びつかなかったけど描いてる内容は実にジュンコちゃんらしかった。破天荒で結構面白い。

 それにしてもデジタル最盛期の今、わざわざアナログでしかもこの異常な速度で書き上げるなんて……やはりジュンコちゃんは只者じゃないなと思った。

 でもこんなのは序の口だ。

 またある時、私はジュンコちゃんに呼び出されて地下のよくわからない工場に連れていかれた。

 見知らぬ土地だったけどジュンコちゃんや執事さんなど見た顔がいっぱいいたから不思議と不安はなかった。

 でもアレを見た時には流石に驚いた。ベルトコンベアから次々流れ込んでくるアレは。

 「何アレ!?」

 「ハッハッハッハ、驚いたかいサチくん。アレはね。私で金型を取った等身大ジュンコ人形だよ。あっちにはデフォルメして掌サイズにした手乗りジュンコちゃんもあるぞ。前にあれば欲しいと言っていただろう?好きなだけ持って帰ってくれたまえ。可愛がってくれよ」

 結局手乗りジュンコちゃんだけ貰って帰った。今は自室の机で組体操している。

 別の時は。

 「ジュンコちゃんなんでこんなところにいるの!?」

 「それは今日この会場で歌って踊るアイドルの内の一人。いや主役だからだよ」

 行きつけの地下ライブハウスで出会ったジュンコちゃんは宣言通りその日のステージの注目やライブ後のチェキ人気など全てを独占していった。私も物販並んでフリフリ衣装のジュンコちゃんとチェキを取った。

 そしてある時は。

 「ジュンコちゃん……ついに生命倫理の領域に手を出したんだね」

 「これも推し活の一環だからね」

 私のいる暗い部屋はいくつかの光源によってほのかに照らされていた。光源、立ちならんだカプセルの中は液体で満たされていて中には服を着ていない女の子たちが眠っているように入っていた。

 そう、ジュンコちゃんと同じ顔をした女の子たちが何百という数でこの部屋には存在していた。まるで楽園のような場所だった。その後私は何人かのジュンコちゃんを預かって育てることになった。

 それから数年の時が過ぎた。

 世界はジュンコちゃんの姿を象った人型兵器やクローン体によって支配された。世界の人々は団結し立ち上がったけどジュンコちゃんの可愛さに次々と陥落し投降していった。今では進んでジュンコちゃんの統治を享受してジュンコちゃんを崇めている。

 ジュンコちゃんは自らので世界を相手に押し勝っおしかつてしまった。流石ジュンコちゃん。

 玉座に座るジュンコちゃんは私を横目に見てこう聞いた。

 「世界の王というのも存外簡単になれたね。サチくん。私は次は何をすればいいと思う?」

 「そうだね。次は宇宙進出とかいいんじゃないかな」

 「では宇宙をこの手中に収めることとしよう。そうと決まれば計画を練らねばね」

 そういうとジュンコちゃんは席をたち大臣たちの待つ会議場へと歩みを進めた。私も少し遅れてついていく。

 昔からジュンコちゃんは私の見たい最高のジュンコちゃんを見せてくれる。私がジュンコちゃんの人形が欲しいと言えば工場ごと買い取って製造を始めるし、アイドル衣装なんてきっと似合うだろうな~とそれとなく言えば世のアイドル市場を席捲する。ジュンコちゃんが沢山いればその分世界は良くなると意見すればその気になって倫理を踏み越える。ジュンコちゃんが世界の玉座に座ればこの世の苦しみは随分減ると気付かせてあげればやはりジュンコちゃんはそれを簡単に成し遂げてしまう。そう、これが私が昔からやってきたこと。推し活という言葉を教えて興味を惹かせたのも私だ。

 推しを焚きつけて見たい推しの姿に辿り着かせる。これが私なりの推し活というやつだ。

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