Five Colours

林城 琴

Five Colours

 あたしたち上級生たちは、モニターの前に勢揃いしていた。

 ここは街のはずれの魔術女学校。今から召喚魔法担当のシイラ先生の実戦が始まるのだ。もうすぐ実技訓練に入れるようになった上級生は、先生方の実戦中継を、学校のモニターで見ることができる。今日も紺色の制服が、モニター室をぎっしりと埋めていた。

 この街の近くの森には魔界との小さな接点があって、時折そこから魔物が現れる。それらを倒し魔界に戻す、そういう街のための活動も、この魔術女学校の大切な役割のひとつだった。


 木々を背景にしたシイラ先生の姿が映し出される。透き通るような肌とサラサラロングヘアの美女シイラ先生は、生徒たちのあこがれの的だ。

 あたしたちは手に手にペンを握りしめながら、固唾を飲んで先生の動きをじっと見つめる。突然画面に、巨大な猿のような、おそろしい魔物の姿が現れた。あたしたちの緊張がぐっと高まり、ペンを持つ手に力が入る。


 画面の中のシイラ先生は平気なものだ。

 優美な動きで舞うように動き、口元では小さな呪文をつぶやいている。

 やがてその、まさに白魚のような指がふわりと動いた。


 「来たっ!!アグィナイル!」

 教室の一部で歓声があがる。

 先生に召喚されて現れてきたのは、目にもまぶしい純金色の髪を輝かせた、アグィナイルを呼ばれる精霊だった。

 その姿は美形そのもの。

 すらりとした肢体、身長は普通だが、手足が長くて、やや細身。陶器のような肌につんとした鼻、きらきらと輝きを含んだイエローの衣裳を纏う、美男子精霊だ。

 

 シエラ先生は五人の美形精霊を召喚し、魔物を退ける魔力を持つ魔術者だ。

 そしてその五人それぞれを、あたしたち生徒は思い思いに推していた。

 実戦中継ともなれば、お目当ての精霊が召喚されることを願い、手に手に推しのイメージカラーのペンを握ってモニターを見つめるのだ。

 ペンには小さなチャームがついていて、盛り上がるとそれを小刻みに振る音がかちゃかちゃと充満した。

 今回現れた魔物は三体。召喚精霊もあと二人出るはずだ。アグィナイル以外の精霊を推す生徒たちは、息を潜めてモニターを見つめた。

 続けてシイラ先生がまた舞うように動き、あたりに青い霧が薄く広がった。それを見てすでに、別の一角では歓声があがっている。

 宝石のように青い細い髪と硬い輝きを放つ青い瞳が目を奪う、精霊ヴィートナイトの登場だ。アグィナイルよりは長身で、やはり足が長く、動きが優雅だが、優しい顔に似合わず胸板に鍛えられた厚みが感じられる。彼にお姫様だっこされたい。これがファンたちの共通の願いのようだ。


 シイラ先生が呼び出す精霊は他に三人。見つめるとめまいが起きそうなすみれ色の目、同じ色の美しいウエーブがかかった長い髪の、騎士然とした精霊ジャンティータ。さらに、ピンク色の髪をさらさらと言わせている、身長はあるのに少年の立ち振舞いを見せる、やや童顔の精霊サリュネイラ。そして・・・


 「きゃああああ〜♪♪♪」

 思わずあたしは、他の子と一緒に声をあげていた。

 その日先生が呼び出してくださった最後の精霊は、あたしのイチオシ、燃えるような赤い髪をした炎の精霊ヴェンタートだ。

 あの挑戦的な目、きりりとした唇、高い身体能力。にも関わらず、どことなくリーダー的侠気を感じさせる、存在感。どれを取ってもやっぱりナンバーワンだ。

 あたしは思い切り手にしたペンを振りに振った。

 彼らはこともなげに魔物を退けると、いつものようにクールにその姿を消す。

 しかしその折、意識してなのかせずになのか、どの彼もカメラ目線になり、とっておきの角度の顔を見せて少し顔を傾け、まるで挨拶するかのようにして、ふっと画面からいなくなるのだ。

 それを見て、向こうからこっちを見ることが出来ないと分かっているにも関わらず、生徒たちはまるで、彼らに手でも振られたかのように、熱狂的になって手を振り返すのだった。

 もちろんあたしも。


○○○


 「文房具をもっと色違いにしたい?」

 一戦交えて学校に戻ってきたシイラは、事務担当のティトからそう聞いて目を丸くした。

 「生徒たちがそう言っているのですか?」

 「はい。なんでもここの購買部で買えるものは色味が足りないと。」

 「はあ、まあ、おしゃれに目覚める年頃ですからねえ。特に反対する理由もありませんが・・・今でも十分、いろいろ可愛いものを仕入れていると思うのですが。」

 「いえ、無地でもいいそうなんです。色の種類がもっとほしいようで。」

 「色。色ですか。」

 シイラにしてみれば、言っていることがよくわからなかったが、まあそういうものなのかもしれないな、とも思ってみる。

 「仕入れを増やすのですか。」

 「検討中です。あ、どうぞ。」

 話しながらティトは、事務室のわきからお茶を淹れてシイラの前に持ってきてくれた。お礼を言ってシイラはその、花の香りの紅茶をすすった。

 「ところでティト。」

 「はい。」

 「ちょっと考えてることがあるんです。召喚精霊のことなんですけど・・・実は種類を増やそうかと。」

 「六人になさるんですか。」

 「それを考えているんです。」

 「どんな精霊ですか。」

 「そうですねえ・・・海の精霊はどうでしょうか。ヴィートナイトは水と風の精霊で、もちろん申し分はないのですが、そこに海の力が加わると、相乗効果でより一層強くなりはしないかと思うのです。」

 「海、ですか・・・。」

 ティトはしばらく考えてから答えて言った。

「およしになってはいかがでしょう。」

「?なぜですか?」

「青がかぶりそうですから。」


 ティトの言葉にシイラは目を丸くした。

 ティトはそう言ったまま、微笑んで紅茶の香りを楽しんでいた。


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