女ともだち
@tak2411
女ともだち
早苗は、女ともだちが大嫌いだった。フレネミー(friend and enemy)女子には、いつも手を焼いていた。「女の敵は女」とよく言われるが、友人のふりをして笑顔で近づき、手痛く攻撃をしかけてくる。少しでも自分より恵まれている女性にはすぐに嫉妬するし、感情的に「敵」「味方」を決めたがる。さらに、やたらに群れたがるというきわめて厄介な代物なのだ。
そんな早苗の当面の相手は、自分より2歳下だが仕事上は自分の先輩にあたる朱美(あけみ)である。早苗は、現在28歳、これまで警備会社を三つほど経験して、そのキャリアを見込まれて現在の会社に就職した。配属された部署は、現在のところ朱美が牛耳っていた。朱美とコンビを組む者は、すぐに皆辞めてしまうからだった。朱美は、自称「サバイバル系女子」とか言って、現在の会社での経歴は早苗より長いのをたてにして、上から目線でことごとに早苗に辛くあたってきた。
早苗たちの仕事は、百貨店の警備員である。一般に、警備の仕事は男の仕事と思われがちであるが、近頃は女性の進出が著しい。そして、百貨店などでは、女子の警備員が好まれる場合が多い。一般に警備員とは、「警備してるぞ!」という所を見せて犯罪抑止をするのが目的であるが、百貨店などの場合は、案内業務のほうも重視されるので、お客さんにとって「困った時には女性のほうが声をかけやすい」というケースが多いのである。また、お客様に注意する場面においても、女性のやわらかな口調が重宝されることもある。
立哨・巡回・受付の三つが警備業務の基本であるが、早苗の仕事の大部分は、立哨と巡回である。立哨というのは、ただ立っていると言えば、簡単に聞こえるが、なかなか大変なのである。駐車場に立哨する場合なら、入場する車のドライバーと目線を合わせてきちんと挨拶したり、必要な場合は駐車場の空きスペースを指示するなどのことが必要になる。走る車が相手なので、とっさの判断能力も問われる場合がある。また、売り場に立哨する場合は、お客様ともにこやかに応対する必要がある。お客様は、警備員だあってもその店の職員として、質問してくる場合がある。警備員として対応できる場合は良いが、百貨店側からの応対が必要な場合は、おだやかに質問を受けて、サービスカウンターに案内するなど、臨機応変な対応が必要である。そして、巡回であるが、これは女子ならではの活躍の場面がある。例えば、女子トイレや授乳室などは、男性警備員ではなかなか入ることが困難であるが、女子警備員なら気軽に巡回できるのである。
さて、早苗にとっての目下の一番の問題は、朱美が変にライバル心を持ち、ことごとに対抗してくることである。早苗も経験豊富なので、相手にならないようにしているが、時々、我慢の限界を感じる時がある。この間も、こんなことがあった。
「ちょっと、ちょっと、こんな日報の書き方、全然なってないよ。前の会社で、一体何習ってたの?」と、いつもの調子で朱美が突っかかってくる。
早苗は、字は少し乱暴だったかもしれないが、許容範囲と考えていたので、釈然としなかったが、
「こめんね、ちょっと、字が乱暴だったかな」と適当に答えて受け流そうとするが、
「ダメダメ、字も字だけど、お客様の様子を一番先に書くのは、まずいと思う。これは、一番最後の余白に書くべきよ。」
「でも、お客様の様子は百貨店にとって、とても大切じゃないのかな。」
これは、前の会社の現場で直接指導されたことだった。しかし、朱美は、
「だって、そんな事、うちの会社の研修で言ってないもの。絶対だめよ。習ったとうりしなきゃ絶対だめなのよ。」
早苗は、朱美が一旦言い出したら後に引かない性格であることを、この半年間、充分に見せつけられてきた。そして、研修会で習わなかったという事を唯一の理由にあげて頑なに譲ろうしない保守的な頑固さを、自分よりも若い朱美が示すことに可笑しさを感じながらも、いつも早苗のほうが引き下がっていた。早苗としては、まずお客さまが何を求めているのかを考えるべきだと感じるのだが、こんな些細なことでびっくりするほど興奮する朱美を見るといつもひるむのだった。
もう、朱美のことは考えるのよそうかな?と考えていた矢先、その朱美が突然会社を休んだ。会社に、体調が悪いので2~3日休みたいと連絡が入ったのだ。警備会社の場合は、シフトが組まれているので、一人がそのような事になると当然であるが、同僚の早苗に負担がかかることになる。その日の午後に、本社の高木から、早苗に電話が入った。
「やあ、いつもご苦労さん。実は、一つ頼みがあるんだけどね。そのう、朱美君のアパートに様子を見にいってくれないかね。」
早苗にとっては、「なんで、この私が...」という思いはあった。本社の高木という男は、もうすぐ60歳に手がとどきそうな年齢で、主に人事関係の仕事をしている。いつも腰が低く、にこにこして禿げ頭をなでている。その高木からの頼みは、さすがに断ることはできなかった。
次の日の夕方、早苗は自宅の近くで女の子が好きそうなケーキを2個買って、朱美のアパートに行ってみることにした。朱美のアパートは、F私立大学の近くで、付近には学生用のアパートが立ち並ぶ地域であった。そのアパートは、1階4軒、2階4軒の細長いアパートで、独身者用のごく簡素なものだった。早苗が、朱美の部屋がある2階に上がってみると、朱美の部屋の隣の部屋の前には出前のラーメンを食べた後の丼が無造作に置いてあった。その丼の中には、汁の中にタバコの吸い殻が浮かんでいた。それを横目に見ながら、そおっと朱美のドアをノックしてみた。応答がない。もう一度する。しばらくすると、「誰...」と気だるそうな声がした。早苗が、「私だよ~」と声をかけると、しばらくして恐る恐るドアが開く。
部屋の中は、あまりかたずいてはいなかったが、入れてもらって炬燵で二人で向き合って座った。朱美は、口数すくなく俯いていた。ここで、会社を休んだ理由を聴いても、どうなのかな~と早苗は考えたので、ケーキを食べながら、しばらく世間話をすることにした。
30分ほど世間話をした後、突然、朱美が訳もなく泣き出した。驚いた早苗は、しばらく黙って泣き止むの待った。
約10分ほど泣いた後、突然独白しだした。
「なんかお姉さんに話聴いてもらっているような気持ちになっちゃた。私って一人っ子だったから。こういう経験ないんだよね。私ね、大学時代あたりから、なんか、同級生の話についていけなくなってきていたんだよね。それでも、必死でついっていたんだ。これでも、大学時代にはいつも一緒に行動する3人組がいたんだよね。でも、私、この人達の話が時々、分からなくなることがあったんだ。でも、その人達は、朱美ちゃんは天然ボケだからな~って、まあ、良くしてくれていたんだよ。でも、本当のこと言うとさ、なんで、私が天然ボケなのかもピンと来なかったんだよ。でも、学生時代はそれでも良かったんだ。社会人になって、みんな疎遠になってさ。だから、ここらで一つ、学生時代のことを思い出して、みんが一緒になれるようなことしたいな~と思ったんだ。それでさ、この間、その3人を集めてさ、1ケ月に1回でいいからまた学生時代みたいに集まらないか?て誘ったらさ、みんなしらけてやんの。」
ここまで、話すと朱美はただ下を向いて、なにかを考えはじめた。そして、しばらくするとまた、話はじめた。
「お姉さんだけには、話すけどね、私、最近、心理カウンセラーのところに相談に行ったんだよね。すると、その先生の話では、私はどうも、ASDとADHDの可能性があるから、病院紹介するっていうんだよね。まあ、それで、その病院に行ったんだけどね。検査の結果が一昨日出たのさ。やっぱり、軽いASDとADHDの可能性が高いって言うんだよね。これで、私の生きにくさの原因が、やっと分かったって訳よ。」
そこまで一息に話し終えた朱美は、だいぶ落ち着いた表情を見せはじめた。
朱美のアパートからの帰り道、早苗は朱美に対する嫌悪の気持ちが少しづつひいていくのを感じていた。早苗は、朱美の友達になる自信はなかったが、朱美は朱美で「生きにくさ」を抱えているのを知った今、少しづつ心が平和になっていくのを感じていた。
女ともだち @tak2411
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