幕間 三つ編み

 朝、ロバートがそっと髪を櫛で漉いてくれる。ローズが孤児院を出たのは、丁度髪の毛を売ってお金にできるくらいの長さになったときだった。長いので、ローズ一人で上手に梳かすのは難しい。困っていたらロバートが、櫛で漉いてくれるようになった。男の人なのに、他人の長い髪を梳くのは面倒じゃないかと思うが、気にならないらしい。


 一度きいたら、子供の時、馬の手入れをしていたのを思い出して懐かしいといった。失礼な人だ。貴族を相手にしている時のロバートは、表情が無く、ほとんどしゃべらず何を考えているかわかりにくい。


 ローズといるときは、気が抜けているのか、失言が多い。失言にしても、失礼すぎる。人の髪の毛を馬の毛に例えるなんてひどすぎる。文句を言おうとしたが、髪を梳いていたロバートが楽しそうだったから、言いそびれてしまった。


 「最初のころより艶が出てきましたね」


 ロバートは、丁寧に優しくゆっくりと漉いてくれる。剣を扱い、弓を引くというロバートの指先は硬い。その硬い指で、そっと優しく触れられると、少しくすぐったい。


 ロバートの失言は腹が立つが、こうやって褒めてくれるから、まぁ、いいかと思える。髪が綺麗になったのは本当だ。王太子宮での生活が始まってから、髪の手淹れに香油を使うようになった。艶も出るし、いい香りもする。


「王太子妃様が、香油をくださったの」

「きちんとお礼は」

「いいました」

ローズは、ロバートに先回りした。


「それはよかった。お礼も大切ですし、あなたがこうやってきちんと髪の手入れをすることが、何よりグレース様へのご恩返しになります」


そう言いながらも、ロバートは手際よく、ローズの髪を三つ編みにしていく。


 侍女頭のサラにロバートの失礼な発言をいいつけたら、サラはあの子はねぇと苦笑した。サラにかかれば、王太子と同じ年齢のロバートもあの子扱いなってしまう。それが可笑しかった。失言の罰として、ロバートは、サラに、三つ編みを教え込まれたのだ。ローズの髪で練習している間、頭の後ろでロバートがサラに叱られていたのが面白かった。


それ以来、ロバートは、来客がないときはローズの髪の毛を三つ編みにしてくれる。


「できました」

「ありがとう」


 サラには、次にロバートが、何か余計なことをいったら、また別の髪形を練習させるから、ちゃんと言いなさいと言われている。


「そういえばローズ、この間、髪の毛を背中に流しながら、上の方で三つ編みをしていましたね」


ロバートは、高貴なお客様がいらっしゃった時の、両側の髪の毛を三つ編みにしてもらった髪型のことを言いたいのだろう。

「あれもサラに教えてもらいましょうか」


ローズは、ロバートの発言に驚いた。これでは、サラの計画しているロバートへの御仕置が、御仕置でなくなってしまう。


「今日はもう、三つ編みにしてしまいましたから、またの機会に」

ロバートは、いつもどおり笑顔でローズを椅子から降ろすと手をつないでくれた。忙しいはずなのに、面倒見がよい優しい人だ。他の人達が、ロバートを怖がる理由がよくわからない。


 その晩、予定の御仕置が、御仕置ではなくなってしまうというローズからの報告に、サラは必死で笑いをこらえることになった。


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