第11話 国王アルフレッドと王太子アレキサンダー

「気づいているようだね。少なくとも疑ってはいるようだ。」

楽しそうに笑う父である国王アルフレッドの言葉に、王太子アレキサンダーもほほ笑んだ。


「父上にお会いした二度目には、気づいていたようです。見たことがある人に、とてもよく似ているといわれました」

「十二才くらいの孤児とは思えないね。どこかの教育熱心な貴族の娘というならば、ありえなくもないが」

「調べているのですが、貴族の子弟で、行方不明はいません。本人は孤児というだけですし」

「面白い子だ。意志の強そうな、いい目をしている」

「そうですね。ロバートも気に入っているようで、何かと世話を焼いていますよ」


アレキサンダーと共に育ったロバートは、厳格だが、面倒見が良く、若い近習や見習いから慕われている。

「お前は覚えているか?あれは、褒美をやろうと言ったら、弟か妹が欲しいといったことがある」

「ロバートがそんなことを?弟や妹を欲しがっていたのは知っておりますが。褒美としてねだったとは知りませんでした」

「そうだろうな。まあ、まだ幼い頃だ」

アルフレッドは、アレキサンダーも覚えていないころの思い出を懐かしそうに語った。


「では、念願の妹が手に入ったわけですか」

ロバートに、王太子宮でのお茶会を装った御前会議に常に控えるように命じたのはアレキサンダーだ。ローズの面倒をみるようにも命じた。


大人用の椅子に分厚いクッションを乗せ、小さなローズが一人で座れないようにしたのは父アルフレッドの思い付きだ。ロバートに抱き上げられる前、ローズが両手を伸ばしてねだる様子を、アルフレッドは優しい目で見ていた。背の高いロバートは、小さなローズの手をひき、その歩みに合わせてゆっくりと歩く。


以前、足早に歩くロバートの後ろを必死に追いかけていた小姓たちは、ローズが来てから楽になったと言っていた。雛の面倒をみる親鳥のような、微笑ましい光景だ。


「妹か。どうかな、いずれ嫁になってくれると良いのだが」

アルフレッドは以前から、ロバートが色恋沙汰とは縁遠いことを嘆いていた。


代々王家に仕えてきた忠実な家系の一つが途絶えるという表向きの問題があった。アルフレッドにとって、ロバートは乳兄弟アリアのたった一人の忘れ形見だ。母を亡くし、父と縁遠いロバートを、アルフレッドは父親のように気遣っている。色気のかけらもない小娘であっても、あのロバートが気を許すのならば、嫁にと思う父の気持ちもわからないではなかった。


「確かにロバートは、何かとあの娘の世話をやいています。ただ、元から面倒見はよい男ですから、どうでしょうか」

 

ロバートの指導は厳しいが、頭ごなしに叱ったりはしない。きちんと理由をきき、何が問題か考えさせる彼の指導方法で、多くの若手が成長している。厳格で融通が利かないが、そこも含めて多くの部下に慕われている。あの部下達が弟がわりなら、聡く真面目で、どこかロバートに似るローズは、初めての妹だ。可愛がるのも無理もない。

 

 ただし、ローズは奇抜な突拍子もないことを考え、実行してしまうところがあった。慎重なロバートにはありえないことだ。

 

王太子宮に押しかけてからの数日、ローズは不敬な言動を繰り返した。アルフレッドに、その身を預かるように言われていたが、アレキサンダーは、ローズを追い出そうと思ったことは一度や二度ではない。不敬な言動は徐々に収まった。

ロバートがその理由を尋ねたときに、返ってきたローズの突拍子もない返事に、アレキサンダーは呆れた。ローズは、単に、話を聞いてもらうため、気を引きたかったのだと答えた。

「普通にお話ししただけでは、おそらく皆さまのお耳には何も残らないと、私は思ったのです」

ローズは素直に不敬を詫びた。顔色を変えたロバートが、絶対に二度と、そういう捨て身の方法をとるなと、懇々と諭していた。


 ローズは、詫びた後も、時折、諫言を口にする。本人には、自分が諫言を口にしているという自覚はないらしい。ロバートが困り果てていた。幸いなことに、率直すぎるローズを、気難しい宰相が気に入ったようで、貴族からの防波堤になってくれているから、当面は問題ないだろう。


「何であれ、あれの無茶が減ればいい」

 アルフレッドの言葉に、アレキサンダーは頷いた。


 アレキサンダーの腹心として常に付き従うロバートは、何度もその身を危険にさらしてきた。アレキサンダーがまだ、ただの一人の王子だった赤ん坊のころから仕えるロバートを、アルフレッドは可愛がってもいた。


「そのために女でもいればと、以前から思っております。確かに、あの娘を構っているあいだは、あの一件の前のように笑いますね」 


 アレキサンダーの側に常に控えるロバートは、他人の前では表情を変えず、常に鋭い視線で周囲を警戒している。貴族達からは、“王太子の鉄仮面”と呼ばれ、その呼称は城下にまで知れ渡っている。


「娘の件ですが、イサカの件と合わせて私に一任していただけませんか」

少女の素性を調べさせていたが、一筋縄ではいかない別の気になる点が多数あった。他の者に関わらせ、ことを大きくするのは避けたかった。


「かまわんが。まだ帰すなよ」

「無論です。あの娘は使える。おまけにロバートの念願の妹です。そう簡単に取り上げられませんよ」

アレキサンダーの言葉に、アルフレッドは笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る