第12話 始動

 封鎖されたイサカの町から、早馬が戻ってきた。ローズの主張通り、馬も人も、途中の町で全く会うことなく交代した。報告書も、元の文章でなく、途中の町で写したものだ。


 間違いは生じうるが、感染予防のためには必要だと、ローズは訴えた。


 報告書は、明らかに病人の経過の違いを報告していた。病人の回復を医師たちは、驚きが文章からほとばしり出ていた。後に追加した情報も有効だったらしい。


 王太子宮の茶会には、御前会議に出席する貴族たちが参加していた。茶会は身分が低いローズを、御前会議に参加させるための苦肉の策だ。今は、紅茶も菓子もある会議を貴族達は気に入っている。非公式の御前会議であることを知らないのはローズくらいだ。


「では、これで私のいうことを信じていただけますね?感染源を調査で特定し、手を打ちましょう。食い止めましょう」

小さな拳を握りしめ、ローズは身を乗り出した。ロバートが、前へとかしいで椅子に重ねたクッションから落ちそうになったローズを支えた。


「ローズ、危ないですから、気を付けてください」

「ありがとう。ごめんなさい」

小さな声でロバートが窘め、ローズも答えた。周囲の貴族達、とりわけ老獪な連中が、そんな二人を見る目は優しい。お転婆なローズは、丁度彼らの孫くらいの年齢だ。


 茶会という形式のためか、漂うのは穏やかな雰囲気だ。雰囲気にのまれないよう、アレキサンダーは気を引き締めた。

「問題は、誰が調査に行くかだ」

言葉にしたのは、先日、王宮で公式に開催された御前会議で答えが決まった問題だ。


「私が行きます。言い出したのは私ですし。孤児ですから、死んでも誰も困りません」

「だめだ。君に今いってもらっては困る」

淡々としたローズの、予想通りの言葉をアレキサンダーは遮った。


「我々の中で、君が一番よく知っている。誰か別のものが行くべきだ。それに、子供の君が行っても相手にされないだろう」

アレキサンダーの言葉に、ローズがうつむいた。椅子に座るローズの足は床に届いていない。十二歳というが、ローズは年齢以上に小さかった。


 アレキサンダーが自身を振り返ってみても、最初からローズを信用したわけではない。子供の戯言と思っていた。ただの子供でないと思ったのは、アレキサンダーが説明した町の封鎖方法を、ローズが聞いただけで理解したときだ。そのあとの町の中の対策の説明も見事だった。


 父である国王アルフレッドや、御前会議に参加する中でも、比較的柔軟な考え方をする貴族を少しずつ王太子宮に招き入れ、ローズと話をさせた。最初は彼らも半信半疑だった。だが、ローズが数人を論破してしまい、空気が変わった。特に、伯爵でありながら宰相という地位に上り詰めたレスター・リヴァルーを論破したローズに、貴族たちが態度を変えた。


 あとからローズが、あの人はわざと論破されたと思うと言い出し、宰相の計略とローズの聡さに舌を巻いた。


「調査のことを知っているんだろう?だったら、君は人を使って調査を取り仕切るべきだ」

「はい。それは、おっしゃる通りです」


ローズもそれが正しいことは分かっているのだろう。

「危険な場所に子供の指示で赴いて、子供の指図に従って情報を集めてこようとする大人など、そういるとは思えません。それにこちらの指示を正確に理解し、実行していただく必要もあります」


 ローズの懸念も一理ある。大人が子供の指図に従うかということ、これから国が施行しようとしている対策を理解している必要もあるとなると、探すのは容易ではない。


「問題ない。王家の命令であれば問題はない。命令とあれば人は動く」

「命令する人も、命令される人も、それは、大変というか、つらいというか、酷ではありませんか。罹患した場合の致死率はゼロになることはありません」


 ローズが、必要な対策でありながら、実行を迷うようなことを初めて口にした。

「そこに君は行くというのか」

アレキサンダーの言葉に、ローズはうなずいた。


「はい。他人の命に責任はとれません。私は孤児で、親も兄弟もおりませんから」

まっすぐ見返すローズの琥珀色の瞳に迷いはない。

「君がいくという以上、生き残る予定なんだろう?その方法を、適任者に教えたらいい」

「適任者がそうそういるとは思えません。いた場合は、周りの人間がその人を手放すようには思えません」


 ローズの中では、答えが出ているのだろう。優秀な人間が現地に欲しいが、危険な地に行かせるのは惜しい。だから自分がいく。一見立派なようだが、ローズは子供だ。町では相手にされないだろうし、今はローズを危険にさらすわけにはいかなかった。


「君は王都に残る必要がある。私の側にいて私を手伝え。今、行かせるわけにはいかない。逆に、行かせたら、ローズ、子供である君の警護のために人を送り込む必要が出来て、余計に手間だ」

ローズがまた、下を向いてしまった。

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