幕間 図書館の司書サイモンとローズ

 聞いたこともない派手な音がした。振り返ったロバートは、自分の目を疑った。

本棚の間にローズが倒れていて、本が周りに散らばっていた。その上を、梯子がよぎっている。


「ローズ、何事ですか」

「びっくりしました」

そういうとローズは立ち上がった。ロバートは本棚にたてかけられたように見える梯子の足が、逆向きになっていることに気付いた。梯子が倒れて、向いの棚にひっかかり、ローズは落ちたのだろう。


 口のきけないサイモンが、身振り手振りで一生懸命伝えてくる。口はきけないが優秀な司書だ。物静かなサイモンが慌てふためくのはロバートも初めて見た。


「本を引っ張り出そうとして、梯子が倒れて、あなたが落ちた。頭は打っていないそうですが、正しいですか」


サイモンの言わんとすることをローズに伝えると、ローズは頷いた。

「ローズ。高いところの本は、人に頼めと言いませんでしたか」

「だって、みんなお仕事中」

言い訳がローズの口の中で消えていく。


「司書のサイモンの仕事は、この王太子宮の図書館に来る人の手伝いです。彼は声は出ませんが、耳は聞こえますよ。あなたが頼めばわかります。彼はあなたより背が高いですから、梯子無しでも届くかもしれません。私ならなおさらのことです。なぜ、誰かに頼まないのですか」


サイモンが、身振り手振りで、ローズに訴えかける。

「彼は、心配した。聞こえるからちゃんと自分に頼んでくれと言いたいようですよ」


ロバートの言葉にサイモンがうなずいて同意する。王太子領の一つにある孤児院で育てられていた。声は出ないが、耳は聞こえて読み書きができる。勉強熱心で物覚えもよい。王太子宮でなんとかならないかと、数年前に領地で相談され、連れてきた。


 それ以来、王太子宮にある図書館の司書としてここにいる。口はきけないが、身振り手振りでなんとなくわかるし、細かいことは石板があれば十分だ。口がきけないことは、図書館にふさわしく物静かともいえ、重宝されていた。


「危ないと思っても、サイモンは声が出ませんから、周囲に知らせることもできません。あなたはサイモンがどれだけ慌てたか、心配したかわかりますか」

ロバート自身、目を離したことを後悔していた。


「ごめんなさい」

「サイモンにちゃんと仕事をさせてあげてください。そのためにサイモンは司書としてここにいるのです。あなたがちゃんと仕事を頼まないということは、サイモンを無能もの扱いしていることになりますよ」

「そんなことないわ!」

「じゃあ、ちゃんと頼みなさい」

「はい」


ローズがサイモンの袖を引っ張った。

「あの、ごめんなさい」

気にしないでいいというように、サイモンがほほ笑んだ。


 サイモンと一緒に周囲の本を片づけ、ローズの読みたかった本を持たせてやる。ソファに座ってローズが本を読み始めたことを確認し、ロバートはサイモンに言った。


「ローズは背丈が小さいですし、手が小さいです。手が届いても、本を出せないこともあるでしょう。あなたが出してあげてください。あの子は人に何かを頼むのが苦手です」


サイモンが頷く。申し訳ないというそぶりのサイモンにロバートは気にしないように伝えた。ローズの取ろうとしていた本など、男性ならば誰でも手が届く高さだ。子供なのに大人に頼まないローズがどうかしている。


 サイモンは、図書館の梯子をさして、持ち上げる動作のあと、部屋の扉を指さした。

「梯子を図書館から出すのですか。それでは、あなたが困るでしょう。必要な時はどうするのですか」


サイモンは、持ち上げる動作をし、扉から図書館の中を指す。

「必要な時に運び込めばいいというのですか。それでは、あなたが大変でしょう」

 

また落ちたらと思うと心配だ。必死にそうサイモンは訴えてくる。腕まくりをして、貧弱な力こぶを作って見せてきた。


「次にローズが梯子を使ったら、片づけましょうか」

そして、翌日、梯子は全て図書館内から撤去された。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る