第14話 アレキサンダーとロバート

アレキサンダーは、久しぶりに乳兄弟であるロバートの部屋を訪れていた。アレキサンダーの居室に隣接する部屋は、綺麗に片付けられていた。


「明日だな。準備はいいのか」

部屋の隅に纏められた荷物は、普段、アレキサンダーの視察に同行するときの半分もなかった。


「あの町からは一切何も持ち出せません。荷は極力減らしております」

ロバートの口調は穏やかだ。


「それにしても、随分と殺風景な部屋だな」

部屋を見た感想そのままをアレキサンダーは口にしただけだった。


「ローズからは、二度と戻れない危険性はあると、言われております」

ロバートは、自分の死の可能性を口にしているにもかかわらず、悲壮感は全くなかった。アレキサンダーは嘆息した。殿下のために命は惜しくないという者は少なくない。躊躇いなく実行するのはロバートだけだ。


「必ず戻ると誓ってくれるか。本当は、お前を送り出したくはない」

「えぇ。必ず、生きて帰ってまいります」

二人は固く手を握り合った。


 アレキサンダーの母は、アルフレッドの側室だった。貴族とはいえ身分が低い側室が産んだ王子は、地方にあった王領の一つで育てられた。


 アルフレッドは、長く王家に仕えてきた家の娘で、自らの乳兄弟であるアリアを、アレキサンダーの乳母とした。それがロバートの母だった。アルフレッドに最も近い女性であるアリアを乳母にしたのは、息子へのせめてもの父親としての情だったのだろう。


 アレキサンダー自身、いずれ臣下に下り、地方貴族となると思っていた。だが、幾年たってもアレキサンダー以外に子が生まれなかったことから、王太子として王都に呼び戻された。アレキサンダーの人生は大きく変わった。常に共に過ごし、何もかも知っているのは、もはやロバートだけだ。


「万が一の場合は、私の首をお役立てください」

ロバートの、アリアと同じ緑味を帯びた榛色の瞳が、王太子を見ていた。


「ロバート、お前にそんなことは」

「その際、バーナードの首も片付けていただけましたら、何も申し上げることはございません」

皮肉なことに、ロバートは彼が憎む父親のバーナードにも、よく似た顔立ちで、背格好も似ていた。


「ロバート、確かに、アリアのかたきであるバーナードが憎いのはわかるが、お前が道連れでは困る。バーナードは他の方法にしろ」

「むろん、今回はお役目を果たし、生きて帰ってまいりますから、残念ながら、この方法は使えません」

ロバートは、彼が憎むバーナードに似た凄みのある笑みを浮かべていた。


「当然だ。結果を出せ。イサカでのことに、いちいち私の許可など仰ぐ必要はない。往復の時間が無駄だ。お前の判断に任せる。必要なものがあれば必ずこちらに連絡しろ。遠慮などするな。お前が動きやすいようにしてやる。だから、生きて帰ってこい」

「はい。殿下。お言葉通りに。必ず生きて帰ってまいります」


ロバートが、ふと微笑んだ。

「ローズにも、約束させられました」

この場にいない少女、ローズの名を出したロバートの浮かべる笑みは、優しかったアリアに似た、懐かしいものだった。


「万が一のとき、ローズにはどうか、御咎めのないように、おはからいいただけますか」

バーナードの首を、といったときとは全く違う表情だった。

「今回の件は、それもこれもあの小娘の発言が原因だ。お前があの町に行くのも、あの小娘のせいだろうが」

「聡いとはいえ、ローズは、まだ子供です。疫病のことは、ローズの責任ではありません。一人でイサカの町の孤児院に行くといったあの子を止めたのは私です。どうか、万が一のとき、ローズを孤児院に帰してやってください。どうか、まだ、道理もわかっていない子供です。お願いいたします」


 落ち着いた静かなロバートの声に、非難がましくローズを責めた自分が恥ずかしくなった。


「どうか、お願いいたします」

ロバートが繰り返した。

「わかった。だが、そんなことのないように、お前が私の名代として務めを果たし、帰ってくればいいだけのことだ」

「無論、そのために、明日よりここを立ちます。お役目を果たしてまいります」

「吉報を待っている」

「はい」


 覚えている限り、ロバートは常にアレキサンダーの傍らに控えていた。離れていたのは、ロバートが重症で動けなかった時くらいだ。


 寂しくなるな。感じたことは、言葉になることはなかった。

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