第5話 少女と近習ロバート1

ロバートは扉を開け、王太子アレキサンダーと王太子妃グレースを見送った。


振り返ると、椅子から降りて立つ少女を見た。みすぼらしい服をきて痩せた少女は、12歳というには、小さかった。


「時間がないのに」

ロバートは、俯いてつぶやく少女に声をかけた。

「殿下はこのあと、大切なご用事がおありになります。明日また、お時間をいただけます。随分遠くから来られましたね。食事と着替えは用意します。今日はここでお休みください」


俯いたまま何も言わない少女の手を引いて歩きだす。案内を装っているが、逃走防止のためだ。小さな手は、想像よりも清潔に整えられていた。


「時間がないの。後になればなるほど、助かる人が助からなくなるのに?」

しばらく歩くと、少女は突然立ち止まり、ロバートを見上げた。

「殿下にはお考えがあります。それにしても、どうして、あなたはここへきたのですか?」


しばらくためらった後、少女は口を開いた。

「来なければいけないと思いました。方法があれば、助かる人はいるはずです」


 夜、国王との面談を終えたアレキサンダーに、ロバートは少女の様子を報告していた。

「グレース様の控えの侍女の部屋の一つに休ませています。侍女たちからは、食事をさせて、湯あみと着替えをさせたらすぐに寝てしまったと報告を受けています。あの場所なら起きたら誰かが気づきます。問題はないでしょう」


侍女達からは、痩せてはいるが、虐待などの傷跡はないという報告も受けていた。

「父上が関心をもっておられたよ。なんとも奇妙な子供だ。お前はどう思う?」

ロバートは少女との会話を思い出していた。

「嘘をついているようではありません。隠し事はしているようですが。利発な子ですね。あと、心根は優しい子のようです」


「何故?あの、どこかの学者みたいな口をきく奇妙な子供がか?」

疫病について語る少女の鬼気迫る口調は、異様だとロバートも感じていた。菓子を食べた時の笑顔に、そういえば子供だと思った。


「ここへ来た理由を聞いたのですよ」

答えた時の少女の目は、不思議な静けさがあった。

「助けられるかもしれない方法を知っているから来た。流行り病というものは、助からない人は助からない。でも、今のままでは、助けがあれば助かる人も死んでしまう。流行り病で親が死んだら、自分のような孤児が増える。子供が死ねば、悲しむ親が増える。それは悲しいことだから。と言っておりました。」

ロバートは少女の言葉をなるべく忠実に再現した。


「褒美の話はなかったのか?」

王宮にはそういった輩の出入りも多い。他国の噂話を売りに来るものは少なくないのだ


「いいえ。それどころか、食事や、着替えも、使わせてやった部屋にも恐縮していましたよ」

「金のためではないということか?」

「おそらくは」

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