第5話:銃弾
トンネルを抜けるとすぐに右折し、細い脇道に入った。
脇道の先は都市部郊外の住宅地で、深夜と言える今の時間帯ではほとんどの家屋の電気は落ち、道を行く車両も数台だった。
そんな閑静な土地を、アクセルを底まで踏み込みエンジンを猛烈に稼働させながら車が駆け抜ける。
一台が轟音とともに駆け抜けると、巻き上げた砂埃が落ちるよりも早く爆音を鳴らしながら数台の高級車が通り抜ける。
その上、一台の車両は深夜の暗く静かな住宅街を明るく照らすがごとく七色の色彩に満ちていた。
一発。
さらに住宅街を喧騒に染める銃声と発火炎。
「おわっ!」
助手席のサイドミラーが割れて吹き飛んでいく。
窓から身体を出して後ろを確認しようとしていた龍馬は急いで身体を引っ込める。
「夜とは言え、こんな場所で撃ちますか、普通!?」
彼の訴えを掻き消すように追加の弾丸が放たれ、後部座席のヘッドレストを弾き飛ばした。
「まずいな。相手の銃の腕前はそれほどでもないが、距離が距離だ」
後部座席の女は弾け飛んだヘッドレストの中身である綿を多量に頭に被りながら運転席をぽこぽこと叩く。その瞳は泣き腫らして真っ赤だった。
「このままじゃあ穴だらけになって死んじゃいますよぉ……!」
「恐らくあっちは軽い銃だ。威力はそれほど強力じゃない。当たり所が悪くなければ二、三発くらいなら死なない」
「はは、笑えませんよ」
そう言うと龍馬は一度深く呼吸をして、助手席を盾のようにして後部座席を覗いた。リアガラスはすでに割れているおかげで、鮮明に後ろを見渡すことができていた。その上、街灯が照らしているおかげで、トンネルの中よりも劇的に視認性が増している。
彼の瞳が捉えた追跡者は、運転席と助手席に座る二人組だった。
紺色がかった曇りガラスのせいで、顔までは認識できない。しかし助手席から出された拳銃を握った腕は、男物の服を身に着けているようだった。
「隅国さん、今! 教えた通りに!」
「う、うぅ……」
泣きながら隅国は隙間から顔を出し、助手席に狙いを定めて、重い引き金を引いた。
反動と破裂音。
「うぅ……外れました!うぅ……肩が……外れた……! 脱臼……!」
初めて銃を撃つ人間がその衝撃に備えられるはずもなかった。
ましてや、運動不足で筋肉のない彼女が使えば、こうなることはほとんど必然だった。
痛みと恐怖で泣きながら、隅国が振り返る。
「も、もう撃てませぇん……」
「龍馬、直してやれ。また肩が外れたらまた直せ」
「そんなおもちゃみたいに……」
放たれた銃弾は当たりこそしなかったものの、効果はあった。
競うように追跡していた数台の車は、一台また一台と他の車を弾除けに使おうと後ろに下がっていく。
速度を落としたせいで、荷田たちの複雑な行路について来れなくなり徐々に追跡者は数を減らしていく。
しばらくすると残ったのは煌びやかなフェラーリだけだった。
「あのフェラーリ、こんな状況じゃなかったら正直見惚れる運転ですよ。見通しの悪い道で右左折を繰り返してるのに、あのスピードでぴったりついてくるなんて」
「逆に考えれば、あれさえ振り切れれば良いってことだ。直ったか?」
「うぅ……ひっく……」
「……取り敢えず、応急処置は」
矯正手術を受けた隅国は両肩の痛みに耐えかねて、後部座席の床に蹲って泣いていた。
ぼろぼろの隅国に追撃を加えるように、リアガラスが飛び散り降り注ぐ。既にガラスはほとんど吹き抜けのような状態となり、未だ続く銃撃に車体が壊れるのも時間の問題だった。
彼女の身を案じながら後ろからの銃撃を警戒している龍馬も、最初に受けた肩の傷のせいか、意識は朦朧としている。
唯一無傷な男は視線を前方に残したまま、決意の表情で口を開いた。
「予定変更だ。最短ルートで都市部まで行く。そこまで行けば交通量も増えて追手も撒きやすくなるはずだ」
「え、でも荷田さん、最短ルートって言ったら、長い直線のある橋を渡ることになりますよ?」
「ああ。――隅国、弾はあと何発残ってる?」
女は大事そうに胸の前で抱えた道具を操作する。
「……あ、あと2発です」
拳銃から取り出した2つの弾丸が、街灯に照らされ鈍く光る。
「十分だ」
荷田がハンドルを思い切り回し、車体を滑らせながら角を右に曲がる。
タイヤのゴムがアスファルトとの摩擦によって焦げ、路面を黒く染める。立ち上がる煙から化学的な臭いがしていた。
曲がりきった壁の陰からすぐさま追跡者が姿を現す。
距離にして十数メートルしか無かった。
「次の角を左に曲がったら、都市部に続く橋。で、合ってるな?」
「合ってますけど、『越世橋』は全長1050メートルですよ!? 数分間だとしても、そんな直線走ったら流石に撃ち抜かれますよ!」
「降ります!! やっぱり私、降車します!!」
左への急カーブ。
後部座席の女は体勢を崩して右側に転がり、頭を打って悶絶する。
「んぅ~~~~~~!!」
角を曲がった先は片側二車線の道路になっていた。こんな時間でも、大通りには住宅街には無かった眩しく光りを放つ店が並んでいる。
薄暗い住宅地とは打って変わって、多数のトラックがすれ違ってゆく。
その道の先には、すでに目の前には都市部の明かりが見えていた。
彼らと目的地を隔てるのは一本の橋。
「おい! 隅国イチリ!」
「は、はい!」
今までにない気迫で名前を呼ばれ、運転席と助手席の間から彼女は顔を覗かせる。
それを待っていたかのように荷田は隅国の首元を掴み上げると、自分の太ももの間、荷田とハンドルの間の小さなスペースに無理やり詰め込んだ。
180cmを超える長身の荷田と、対照的に小柄な隅国。状況を鑑みなければその様子は仲睦じい父親と娘のようだった。
呆然とする隅国の手から拳銃を取り上げる。
「一番右のペダルがアクセル。足が折れても踏み続けろ」
荷田は運転席の窓から腕を外に出し、車の天板を掴むと懸垂の要領で全身を持ち上げ、車体の上に転がり込んだ。
懐にしまった拳銃を取り出して照準を合わせる。
「相手は二人。残りは二発、か」
「荷田さん!? 急に何するつもりですか!?」
車内から隅国が喚き声を上げる。
「反撃」
返答に対して彼女はさらに喚いたが、既に荷田の耳には届いていなかった。
男は身体を突き刺す冷風が、体温と共に疑心や焦りなど必要の無いものを取り払っていくのを感じていた。
直後、虹色のフェラーリが交差点から現れる。
既に呼吸は止め、集中は極限まで研ぎ澄まされていた。
「相手は選ぶべきだったな」
荷田は言い終わると同時に引き金を引いた。
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