第4話:しましま

 ナトリウムランプに照らされたトンネルの中。

 その車は法定速度を無視した速さで、数分前に通った道を逆走していた。

「自分で止血できるな?」

 荷田はハンドルを握りながら、横目で助手席の龍馬に問いかける。

「できますよ。……元医者志望ですから」

 龍馬は車内に常備されている救急セットから必要な医療器具を取り出して迅速に処置を進めていく。

「終わったら、ところ構わず電話をかけ続けろ」

「事務所にはどうしますか?」

「もうかけてる」

 荷田が膝の上を指さすと、そこにスマホがあった。画面は応答待ちの時間が1分を超えていることを告げている。

「どんなに真夜中だろうと誰もいないなんてことは無い。嫌な予感がする」

「……他の組からの襲撃でしょうか?」

「無くはないが、ここら辺の組で未だにそんな無鉄砲なことをしてくる連中はもういないはずだ」

「ウチの組と無関係な取引先も襲うくらいですからね」

 龍馬は記憶に新しい壊れた黒塗りの車のことを思い起こす。


「あの……龍馬さんでしたっけ......? 大丈夫ですか……?」

 先程からタイミングを見計らって後部座席で縮こまっていた女が声を上げる。男二人も、女のことは殆ど忘れていた。

「ああ、心配してくれてありがとうございます。大丈夫ですよ。……いえ、やっぱり駄目かもしれません。膝枕してくれませんか」

「そんだけ軽口が叩けたら充分だ」

 前を見ながら荷田が呟いた。

 はは、と青年が笑う。

 やり取りを眺めていた隅国が気まずそうに小さい声を上げる。

「……あ、あの、私はこれからどうなるんでしょうか?」

 二人は顔を見合わせる。

「……ここで降ろすか?」

「どうでしょうね、車体は軽くなると思いますけど。僕らが三人であることは見られたと思いますよ」

 気休め程度に声のボリュームを下げた会話。狭い車内では当然、後部座席にも聞こえていた。

「あの、まさか私ひとり置いて行ったりしませんよね!?」

 後部座席から、助手席に乗り出す勢いで詰め寄る。荷田はその様子を見て面倒くさそうに目を細めた。


「……この話をどう受け取るかはお前の自由だが。銃を撃ってきた相手はこの車を追ってくるはずだ。降りて隠れていれば滅多なことがない限り見つからない。明日の昼になれば事態も収束するはずだから、それからだったら今いる沿岸部から徒歩で安全に街に戻ることもできる」

「い……嫌ですよ! 外は寒いし、こ、こんな虫とか動物とか出そうな場所でひと晩過ごすなんて!!」

「わかった。ただし降りないなら指示に従え。泣くな、騒ぐな、暴れるな。守れなかったら窓から放り出す」

 それを告げると荷田は正面に向き直った。

「はい……」



 走り始めて数分。

 最初にその音に気がついたのは後部座席の女だった。

「……なんか歌声? 叫び声? みたいなの聞こえませんか?」

 荷田と龍馬はこの一回目の疑問の声は無視をした。

「……やっぱり聞こえますよ! ジャカジャカ鳴ってる音楽みたいなの! 追手じゃないですか!?」

「龍馬、聞こえるか?」

 疑わしい表情をした青年は片手でスマホを耳に当てて電話をかけながら、苦しそうに反対の手の人差し指だけを伸ばしてくるくると円を描いたかと思うと、パッと手を広げるジェスチャーをした。

「だからシラフです!!」


 叩き割れる音。

 女の抗議の声と同時に、後部にあるリアガラスが飛び散る。

「ああぁ〜〜〜!!」

 荷田は即座に各所のミラーで車の背後を確認する。

 しかし光量の低いトンネルの中では、追跡者を視認することはできなかった。

 続けざまに発砲音が鳴り響く。

 放たれた弾丸は壁や地面のコンクリートを抉っていく。

「言ったじゃないですか!!」

「落ち着け、まぐれ当たりだ」


 再び破壊音。

 後ろのブレーキランプが飛散する。

「あぁ〜〜!! おしまいです〜〜!!」

 荷田は軽く舌打ちをすると、ハンドルを左右に揺らしながら蛇行運転を始める。

「奴ら、ヘッドライト切ってるな。そのくせ向こうからはテールランプでこっちが見えてる」

「でも速度を落としたら追いつかれますよ?」

 サイドミラーで背後を意識しながら龍馬が話す。

「これで威嚇しろ」

 懐から取り出した黒光りする拳銃を龍馬の手の上に置く。

「こんな肩の人間に言いますか……」

 青年は赤黒く染まった左肩を抑える。

 素人が見てもわかるほどに重症だった。

「なら……おい、隅国イチリ。お前、運転はできるか?」

「コントローラーが付いてれば……」

 ゴト、と華奢な女の膝の上にスミスアンドウェッソンM19コンバットマグナムが置かれる。

「荷田さん正気ですか!?」

「龍馬、使い方を教えろ。絶対にこっちに向けさせるな」


「おうっ、吐きそうです……!」

 女はこの期に及んでゲームをしていた。

 後部座席で体を丸めて射線を切りながら端末を操作する。今できる最も安全な現実逃避がそれだった。

「叩き出すぞ!」

「でも、まだ3つくらいルート残ってるのに、この調子じゃクリアできそうにないですし……!」

 ジップポケット付きのジャンパーを着た腕を必死に擦りながら言う。

「彼女、シラフでこれなんですか? ホントに銃の使い方教えていいんですか?」



 車の前方。

 微かに出口の光が覗いてきていた。

 飛び交う銃声と徐々に大きくなりだした後部車両からのサウンドがトンネル内に響いていた。

 オレンジ色に照らされて、追跡者が闇から姿を現す。

「わ、フェラーリですよ」

 まず敵を目視できたのは、隅国に銃の使い方を教えながら後部の確認を続ける龍馬だった。

「しましま? の柄です。しましまのフェラーリ。荷田さん心当たりありますか?」

「しましま? いや、無い。だがこの爆音で流れてるハードロックには心当たりがある。確信を持てたら言う。もし当たってたら――」

「しましま? たぶん私、知ってます! 何度かエライ人が取引しているところを見ました! 確か地元半グレ組織の……」


 車の前輪がトンネルの境を越える。

 抜けた先には街灯が煌々と灯っていた。

 道の先には点々とした街明かりが見える。

「中心街まで行ければ撒けるはずだが、直線ルートだと車の性能差で追いつかれる! 龍馬、右左折の多い迂回ルートを案内しろ! 隅国、威嚇射撃!」

「ナビゲート、了解です!」

 後続車の出す音は、大声を出さなければ意思疎通が困難なほどだった。

 公害レベルの騒音を垂れ流しながら、追跡者もトンネルを抜ける。


 ナトリウムランプのオレンジ色から抜け出したその姿は想像とは全く異なるものだった。

 赤、橙、黄、緑、青、藍、紫。

 しましまに見えた模様は極彩七色のストライプだった。

「虹色! 荷田さん! 虹色のフェラーリですよ!」

「――最悪だ」

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