第74話:末路(Side:ムノー➆)
『さて、ムノー。貴様の処遇を決めさせてもらう』
『うっ……』
朦朧とする意識が、少しずつはっきりとしてきた。
ぼんやりと霞む目に、周囲の光景が映る。
ここは……魔王の間だ。
現実世界だ。
永遠に続くと思われた、終わらない悪夢が終わった。
ホッとするも束の間、突然激しく腹を蹴られた。
『さっさと起きろ、クソ魔王!』
『ぐああああ!』
猛烈な痛みが全身を駆け巡る。
ユ、ユーノだ。
人間界に追放したはずのあいつが、余の腹を蹴ってきた。
な、なんで、ユーノがいるんだ。
魔王を蹴るという不届き者に罰を与えようとしたが、動こうにも動けない。
余の身体は黒い縄で縛られていた。
これは魔法で生成された縄だ。
途方もない魔力の密度……とても引きちぎることなどできない。
こんな魔法が使える者は一人しかいない。
ユーノの後ろに、そいつはいた。
『レイク・アスカーブゥゥゥ! 貴様ぁぁぁ……ぐおおおお!』
『誰が呼び捨てにしていいと言った!』
すかさず、ユーノが滅多打ちにしてくる。
こ、こいつはこんなに凶暴な魔族だったのか?
瞬く間に全身がボロボロになり、息も絶え絶えとなった。
お……おかしい。
どうしてこんな大きいダメージを受ける。
ユーノは余と比べ物にならないほど弱い魔族なのに。
疑問に感じて自分の身体をよく見ると、今や人間と大差ない大きさまで縮んでしまっていた。
『な、なんだこれは! なぜ余の身体が小さくなっている!?』
『貴様の魔力は、全てレイクさんが没収した。もう二度と魔法を使うことはできない』
『なんだとぉ!?』
レイク・アスカーブを見る。
ヤツの手の平には、魔力の塊がぷわぷわと浮かんでいた。
『返せ! 余の魔力をどうするつもりだ!』
「え? いや、要らないから捨てようかなと」
『やめろ!』
『捨ててください、レイクさん』
「はい」
ぱちゅんっ! と弾けて消えてしまった。
『余の魔力がああああ!』
〔過激派の魔族って、みんな愚かなのね〕
〔まぁ、トップがあんなだしぃ~〕
レイク・アスカーブの隣には、人間の女どもがいた。
どいつもこいつも、この余を見下しおってぇぇ。
部下は何をしているんだ。
周りを見ると、ユーノ以外にも魔族がいることに気づいた。
だが、余の部下ではない。
こ、こいつらは……。
『穏健派ども!』
『みな、貴様の討伐を望んでいた』
『人間に味方して恥ずかしくないのか! 魔族の面汚しめ!』
叫んだ瞬間、余の顔に何かが当たった。
たらり……と生温かい液体が頬を伝う。
腐敗した<デモンズエッグ>だ。
あろうことか、腐った卵を投げてきた。
調子に乗りおってぇぇぇ。
『面汚しはお前だろうが! 人間と和解しろってあれだけ言っただろ!』
『私たちは全滅するところだったんですよ! ユーノ様の言うことを聞いていればよかったのに!』
『自分だけ魔石も魔力も使いすぎなんだよ! 一人だけ甘い汁吸ってんじゃねえ!』
今まで、穏健派がこんなに罵倒してくることはなかった。
予想外の反抗に思わず怖じ気づいていると、ユーノがひと際大きく叫んだ。
『魔王! 貴様はワーストプリズン島へ追放する!』
告げられたのは、謎の島の名前。
そんな地名は魔界には存在しない。
こいつは何を言っているんだ?
『……ワーストプリズン島? なんだそれは』
『人間界にある監獄島だ。人間界の方がレイクさんがすぐ対応できるだろうということで、特別に貴様の処遇を引き受けてくださった』
魔王を人間の監獄に閉じ込めるとは。
ユーノや穏健派の表情は真剣そのものだ。
どうやら、本気で言っているらしい。
さすがの余も笑ってしまった。
ユーノは有能だと思っていたが、無能だったな。
『では、レイクさん。こいつを気絶させてください』
「はい」
レイク・アスカーブが近寄ってくる。
再び憎悪の念が燃え上がった。
『余を気絶させるだと!? 笑わせるな! 何があってもお前如きに気絶させられるなどありえ……』
「レイク手刀!」
余は気を失った。
□□□
『ぐっ……』
意識を取り戻した。
ゆっくりと身体を上げる。
自由に動かせるので、縄からは解放されているようだ。
不覚にも気絶させられたのか。
レイク・アスカーブめ、次あったときはタダではおかないぞ。
しかし、ずいぶんと暗い場所だな。
じっとりした空気がまとわりついて不快だ。
暗闇に目が慣れてくると、とても容認できない物体に気づいた。
こ、これは……!
『鉄格子だと!? 穏健派どもは、本当に余を監獄行きとしたのか!? いったい、どういう了見だ!』
「「静かにしろ!」」
鉄格子を揺らしながら怒鳴っていると、数人の人間が歩いてきた。
余は魔族と人間の違いを思い出す。
こいつらは単なる下等生物。
魔族は上位の存在。
……そうだ、弱っても余は魔王だ!
こんな人間ども根絶やしにしてくれるわ!
『いいか? 謝るならば今の内で……』
「「うるせえ!」」
最後まで言い切ることもなく、冷たい水を浴びせられた。
「謝るだと!? 散々人様に迷惑かけてきたヤツが何を言っているんだよ!」
「自分の愚かさを静かに反省していろ! この無能魔王が!」
「命があるだけ感謝しろってんだよ!」
『うおっ! や、やめろ!』
何度も何度も冷水をかけられ、罵倒を浴びせられ、抵抗する気力は完全に失せてしまった。
男達は怒りながら帰る。
今気づいたが、他の牢獄から悲鳴や不気味なうめき声が聞こえていた。
女たちに襲われる男、複数の人間にしばかれる男に、ママと叫ぶ男。
そして、鉄格子を舐める男に呆然とぼんやりするばかりの男……。
――こ、ここはとんでもない監獄じゃないか。
今になって、ようやく人間の恐ろしさがわかった。
魔族など足元にも及ばない。
余はこんな危険な種族に喧嘩を売っていたのか?
――レイク・アスカーブには絶対に勝てない。
わかりきっていたはずなのに、決して認めようとしなかった。
たかが人間だと見下して……。
余はどこまで愚かだったのだ。
――戦うのではなく和解すれば良かった。そうすればこんなことには……。
押し寄せる後悔の念。
生まれて初めて感じる感情に、余の心はあっさりと折れてしまった。
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