第73話:精神世界(Side:ムノー⑥)
瞬きをした瞬間、余は見知らぬ場所にいた。
白い空に白い砂漠。
……ここはどこだ?
人間界か?
少なくとも魔界ではない。
こんな白い空間は存在しないのだ。
空には赤い太陽が二つ輝いていた。
日光は身を焦がすようにじりじりと全身に突き刺さる。
どうして余がこんな目にあっているのか。
考えなくともわかる。
『レイク・アスカーブめ! いったいどんな魔法を使ったのだ! この余を謎の世界に閉じ込めおってえええ!』
空に向かって叫ぶ。
人間ごときに出し抜かれるとは、余も油断した。
だが、問題はない。
異界からの脱出方法は余も熟知している。
端の端まで行き、世界の継ぎ目を見つければよい。
大丈夫だ、必ず脱出できる。
完璧な空間ではない。
これは人工的な世界なのだから。
レイク・アスカーブ、お前の命が多少延びたにすぎん。
□□□
『…………ごほっ』
もう何時間経ったのだろうか。
いや、何日……何週間か?
はたまた十分も経っていないかもしれない。
時間の間隔はとうになかった。
歩けど歩けど先が見えない。
いくつもの砂丘を超え、歩き、さらに歩く。
だが、それでも世界の端にはたどり着けない。
歩くのを一旦止め、呼吸を整える。
正攻法では突破が難しそうだ。
全身に魔力を込め直し、最大威力の魔法を放つ。
『こうなったら、力づくでこじ開けてくれるわ! 《デス・ビックバン》!』
激しい爆発が起こり、目の前の砂丘が吹っ飛んだ。
空中に飛び散る白い砂。
どうだ、恐れ入ったか、レイク・アスカーブ。
世界の継ぎ目がないのであれば作るまで。
『フッ、他愛もない。この調子で大穴を開けてやるわ! ハハハハハ……はあああ?』
勝ちを確信したのも束の間、まるで時が逆光するかのように砂が元に戻っていく。
余の爆発などなかったかのように、あっという間に砂丘は元通りとなってしまった。
お前は無能だと、レイク・アスカーブに茶化されているようで、猛烈にストレスが溜まる。
『余の魔法が効かないわけないだろうが! お前の作った世界と余の魔力、どちらが先に根を上げるか勝負だ! 《デス・ビックバン》!』
何度も何度も爆発を起こした。
その度に砂は舞い上がり元に戻る。
虚無の時間だった。
余の膨大な魔力もすぐに底をつき、砂漠に膝まづいた。
これほど強く、そして広い異世界など見たことがない。
太陽に身体が焼かれ、意識は朦朧とし、体力は限界だった。
――ま、まずい……想像以上だ……。
心の中に焦りが生まれると、不意に砂が震え出した。
い、いや、違う。
少しずつ色が黒くなり、何かを形作っている。
二本の巨大な角に立派な両翼。
魔族の鑑といえる姿……それは。
『エビル・デーモン! 助けに来てくれたのか!』
まさしく、“城持ち”として人間界に派遣したエビル・デーモンだ。
死んだと思っていたが生きていたらしい。
こんな場所で再会できるとは……。
孤独感が和らぎ、余の胸に安堵があふれる。
最高のタイミングで出てきてくれたな。
脱出したら“魔将軍”に昇進させてやろう。
『お前のせいでボク僕は死んだんだあああ! 責任とれえええ!』
『ぐぁっ! な、何をする!』
再会を喜ぶ間もなく、エビル・デーモンは余の首を掴んだ。
ギリギリ締め上げられ、呼吸が苦しくなる。
こ、こいつは何を考えているんだ。
『は、離せ……エビル・デーモン……! 何をしているかわかっているのか……!?』
『お前もボクと同じ目に遭わせてやるんだ! 死ね死ね死ね!』
『が……ぁ……!』
エビル・デーモンの雷撃が全身を襲う。
普段なら効かないはずなのに、意識が飛びそうなほど強力だ。
な、なぜ……?
かろうじて目を開けると、こいつの後ろにまた別の魔族がいた。
ま、まさか……。
『魔王様……いや、魔王! お前に仕えたせいで俺たちは死んだんだ! 俺たちが受けた苦しみをお前にも与えてやる!』
『ル、ルシファー・デビル……ぐあああ! や、やめろ! やめてくれ!』
代名詞と言われた毒魔法が余の身体を浸食する。
皮膚はただれ内臓は腐り、悶絶するほどの痛みが駆け巡った。
もう死にそうになっていたが、なおもぶくぶくぶく……と何体もの魔族が砂漠から現れる。
どいつもこいつも余が人間界に派遣し、レイク・アスカーブに倒された者どもだ。
全員、見たこともないほどの憤怒の感情が剥き出しだった。
ま、待て……ということは?
『俺死んじゃったよ、魔王様。そういえば、あんたはいつも偉そうだったよなぁ』
『魔王様、あなたは無能の極みでしたね。それに気づけなかった私は自分を恨みます』
『私たちがこんなに被害を受けたのに、結局見ているだけでしたね』
さ、三大魔卿だ。
身体を羽交い締めにされ動きを止められた。
殴られ蹴られ貫かれ、ありとあらゆる魔法で全身を攻撃される。
なぜか気絶することも死ぬことも許されず、いつ終わるかわからない責め苦が余を待っていた。
――もしかして、余は……永遠にこの世界から出られないのか……?
今になって、ようやく自分の置かれている状況の深刻さに気づいた。
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