第72話:魔王戦

「あそこが魔王の間か……」

『ま、まさか、こんなに早くたどり着けるなんて……』

〔ダーリンは効率良く戦うのが得意なの〕

〔マスターは無駄なことをしませんので〕


 まぁ、単純に無双しているだけとも言えるが。

 今、俺たちがいるのは、巨大な悪魔が刻まれた扉の前……から少し離れた柱の影だ。

 全体が漆黒に塗られており、明らかにあの扉だけ雰囲気が違う。


「ふむ、デザインは良いな。魔王の間にはもったいない」

〔さっさと魔王を倒しちゃいましょうか〕

「……ん? なんだか、魔力の余波を感じないか?」

〔言われてみればそうね〕

〔私も感じます〕

『え……? そうでしょうか……私には何も……』


 扉の向こう側から、魔力が薄っすらと滲んでいた。

 非常に練り上げられ、殺気を隠すよう細心の注意を払われている。


〔私が分析いたします……完了。魔王は私たちが部屋に入ると同時に、攻撃を仕掛けてくるつもりです。すでに手の平をこちらにかざしています〕

「なるほど……」


 直撃を食らっても無傷な気はする。

 だが、こっちにはユーノさんがいるからな。

 ダークネス・ネオバリアで彼女だけ守る。

 これでよし、と。


『レイクさん、魔王と戦う前に一つお願いがあるのですが……』

「はい、なんですか?」


 歩き出そうとしたとき、ユーノさんが告げた。


『魔王は……生け捕りにしてもらえませんか?』

「え! 生け捕り? どうしてですか」

〔倒さなくていいの?〕

〔今後も人類や穏健派の脅威になると考えますが?〕


 俺たちは一様に驚きの声を上げる。

 魔王を活かすなんて、ユーノさんは何を考えているのだろう。


『驚かれるのも無理はありません。もちろん、きちんとした理由があります。魔王を殺してしまっては、いずれ過激派の残党が魔王を目指そうとするかもしれません。そうすれば平和は訪れず、また争いの日々です』

「〔なるほど……〕」

『ですので、殺すよりも再起不能の状態にしてもらいたいのです。さすれば、己の末路を想像し、魔王を目指すなど思わなくなるでしょう』


 ユーノさんの話は一理あるな。

 今の魔王を倒したところで、また第二第三の魔王が現れるかもしれない。

 むしろ、復讐心を煽ってしまう可能性もある。


「たしかに、ユーノさんの言う通りですね。今の魔王を倒すだけじゃなくて、今後の平和まで考えないと……」

〔本当にユーノさんは聡明な魔族ね。そこまで考えているなんて〕

〔私も非常に良い考えだと思います〕

『ありがとうございます……みなさん……』


 ユーノさんはホッとした様子で胸をなで下ろしていた。

 魔王の対処法が決まったので、いよいよ戦いだ。


「じゃあ、行こうか、みんな。怪我しないように気をつけてね」

〔〔は~い〕〕

『まるで、遠足のように……』


 扉の前に向かい手をかける。

 ミウたちを見ると、コクリとうなずいた。


『《デス・ショット》!』


 扉を開け放った瞬間、黒くて太い光線が飛んできた。


「レイクガード!」


 両手に魔力を込め、前に突き出す。

 黒い光線は俺の手に当たると、左右に弾かれ消えていった。

 城の壁や廊下は深く抉れて焦げているので、相当の威力があったようだ。

 ちなみに、俺たちは無傷。


『ふむ……魔法も使わずに防ぐとはな。まぁいい、それくらいでないとつまらぬわ。レイク・アスカーブ、貴様が来るのを待ち望んでいたぞ』

「あいつが魔王か」

〔性格悪そう〕

〔どの魔族より膨大で強い魔力を感知します〕


 巨大な椅子に坐するは二本角の魔族。

 角は硬い鉱石を思わせる強靭な見た目で、全身は分厚い毛で覆われている。

 他の魔族と違って、人間の王様が着るような服を着ていた。

 両方の瞳は血を連想させる赤色。

 魔王は今までの魔族より何倍も大きいのかと思っていたが、そうではなかった。

 おそらく、無駄を省いているのだろう。

 室内に足を踏み入れると、ユーノさんは激しく叫んだ。


『覚悟しろ、魔王! 貴様の危険な思想は今日で終わりだ! 降伏しろ!』

『ククク……誰かと思えば、裏切り者のユーノか。人間と手を組み余を倒そうとするとは……哀れなことよ』


 魔王はククク……と笑う。

 俺たちに負けることはないと確信しているらしい。


「ユーノさんはお前を殺さない方針だ。降伏し、人間界への侵略を中止するんだ」

『笑わせるな! 《デス・インフィニティナイフ》!』


 魔王が叫んだ瞬間、無数のナイフが飛んできた。

 やはり、あいつも無詠唱魔法の使い手らしい。

 さすがは魔族の王といったところか。


〔今度は私が撃ち落とします……!〕


 クリッサがレーザーを放ち、全てのナイフは塵となって消えた。


『チィッ! 仲間まで面倒な人間だ』

「インフィニティって無限って意味だよな。もう終わりなのか? 有限じゃん」

『ぐぎぎ……! 揚げ足を取るなああ! 《デス・レクイエム》!』


 魔王がキレると、部屋に多種多様な楽器が現れた。

 ピアノやトロンボーン、見たこともない笛……。

 なんだ……? と思う間もなく演奏が始まった。


『これは精神を蝕む幻覚魔法だ。いくらお前たちでも耐え切れることはない』


 ドヤ顔で告げる魔王。

 何も変わらないのだが?


〔ダーリン、何か感じる?〕

「いや、別に……。クリッサはどう?」

〔ウチも何も感じないよ~〕

「ユーノさんは大丈夫ですか?」

『え、ええ、何ともありませんが』


 こいつのやりたいことがよくわからん。

 そうだ、【怨念の鎧】って音も跳ね返せるのかな?

 ……ちょっと試してみたい。

 ということで、装備!


『ぐああああ! 頭がああああ!』


 直後、魔王は頭を抱えてのたうち回った。

 やっぱり、【怨念の鎧】は音も跳ね返せるんだ。

 今後のためにも貴重なデータが得られたな。

 だが、いつまでもこんな戦いを続けるつもりはない。


『レイクさん、お願いします!』

「はい! 《ダークネス・メンタルデストラクション》! 死なない程度に!」

『ぁ……』


 魔王はがくり……と膝をつき、ぐったりと崩れ落ちた。


『か、勝ったのですか……?』

「ええ、これでもう大丈夫です。あいつの大好きな精神世界とやらに閉じ込めたんで」

『そ、そんなあっさり……さすがレイクさんです』


 俺には見える。

 魔王が魔族たちに責められ、苦しんでいる様子が……。


〔あとはどうしましょうかしら〕

〔このまま放置するのはよろしくない気がします〕

「うん、こういうときはもちろん……【闇の魔導書】!」


 自然とページがめくられ、ある呪文が現れた。



――――――――――――――――――――――――

《ダークネス・プリズン》 

ランク:SSS 

能力:対象を異空間に幽閉する

――――――――――――――――――――――――



 よし、これでいこう。


「《ダークネス・プリズン》! 対象は魔王!」


 空中に黒い穴が現れ、魔王は吸い込まれた。


『レイクさん、本当にありがとうございました。』

「これから人間界でどうするか話し合わないとですね。まずはカタライズ王に連絡を取りましょう」

『会議には、ぜひ穏健派も参加させてください』

〔ええ~、クリッサ会議やだ~〕

〔そういうわけにもいかないでしょ。ほら、しゃんとして〕


 世界最強と言われた魔王との戦いもまた、あっけなく終わってしまった。

 むしろ、これからの方が大変かもしれんな。

 やらかし魔王の処遇を話し合うため、俺たちはカタライズ王国へと向かっていった。

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