第70話:次なる依頼は、まさかの……
〔ダーリン、ドラゴンの置物を愛でるのはそれくらいにしましょ〕
〔レイクっち、依頼人来てるよ~〕
「あ、ああ、わかっているのだが」
街で見つけた竜の置物を棚に返す。
エンパスキ帝国から帰還した後も、依頼をこなす日々を送っていた。
畑を荒らすモンスターの討伐から始まり、貴重な薬草の入手、ペットの猫探し……。
内容によっては一日に複数こなすこともできたおかげで、ようやく最後の依頼人を迎えていた。
今回の依頼人は女性だ。
『お忙しいところすみません。私はユーノと申します』
「レイク・アスカーブです。どうぞよろしく」
〔私はミウよ〕
〔ウチはクリッサってんの、よろ~〕
ユーノさんと握手を交わす。
『本日参りましたのは他でもありません。レイクさんにしか頼めない依頼なのです』
「いえいえ、大丈夫ですよ。どんな依頼でしょうか?」
ユーノさんは紺色の艶がある髪に、業火のように煌めく赤い瞳だ。
かっちりした黒系のジャケットに、同じく黒っぽいスラリとしたズボンを着ていた。
頭には紺色の大きなつばひろ帽子を被っている。
年はよくわからない。
俺より年下にも見えるし年上にも見える。
なんか不思議な雰囲気の人だな。
『依頼の内容をお話しする前に、レイクさんたちにお伝えしたいことがあります』
「え、ええ、なんでしょうか」
ユーノさんは真剣な表情で告げる。
元々あまり笑わない人のようだが、さらに一段と厳しい顔つきになった。
『私は…………魔族なのです』
「え!?」
ユーノさんが帽子を外すと、頭の両脇に小さな角が二本生えていた。
魔族の象徴たる角。
マジか、本当に魔族なのかよ……。
驚いた瞬間、ミウとクリッサが俺を庇うように立ち上がった。
クリッサはすでに【バトルモード】を起動している。
〔ダーリン、気をつけて。すぐに“呪われた即死アイテム”を装備した方がいいわ〕
〔分析開始……完了。たしかに、彼女は魔族です。ですが、魔力がかなり弱く感じられますね〕
ミウもクリッサも警戒しながらユーノさんを見ている。
ユーノさんは丁寧に頭を下げた。
『驚かせてしまって申し訳ありません。私はレイクさんたちと戦うつもりはありません。もちろん、人類ともです。まずは話を聞いていただけませんか?』
〔どうする、ダーリン〕
〔魔法を使う気配はなさそうです〕
依頼人が魔族とは思わなかったな。
そんなことがあるのか。
どうしようか考える。
ユーノさんは今までの魔族とはまるで違う。
身体の大きさもそうだし、何より穏やかなオーラが漂っていた。
「ユーノさんから攻撃の意志は感じないし、一度お話を聞いてみよう」
〔……そうね。戦う必要がないのならそれが一番だわ〕
〔マスターが言うのなら間違いありません〕
俺とミウはソファに座り直し、クリッサも【バトルモード】を解除する。
その様子を見ると、ユーノさんはまた頭を下げた。
『……ありがとうございます、皆さん。ご理解いただき感謝の限りです』
「魔族と聞いたときはびっくりしましたが、ユーノさんは他の魔族とは違うみたいですね」
『私は魔族ですが、穏健派の一員なのです』
「〔……穏健派?〕」
聞いたこともない言葉だ。
『魔族の中には人間との争いを避け、和解しようと考えている派閥があるのです。その中で、私はリーダーを務めています。まず、魔界の状況からお話しさせていただきたいのですが……』
みんなで疑問に感じていたら、ユーノさんは穏健派と魔界が置かれている状況について説明してくれた。
現在、魔界は深刻なエネルギー不足にあるらしく、過激派と呼ばれる魔族たちが人間界の侵略を計画。
魔族たちが攻めてきたのは、資源を奪うためだったのか。
彼らは“城持ち”や“魔将軍”のように凶悪な性格がほとんどだが、温厚な性格の持ち主もいるとのこと。
ユーノさんはずっと人間界との和解を主張していたそうだ。
無駄な争いはせず魔族の技術を提供し、代わりにエネルギーを分けてもらえばいいと。
『……というようなことがありました』
「なるほど、魔界にも色々あるんですね。魔族に穏健派があるなんて」
〔私も初めて知ったわ、そんなこと〕
〔ユーノっちは優しい魔族なんだね~。飴ちゃんあげよ~〕
クリッサから飴玉を受け取ると、ユーノさんは大事そうに懐へしまった。
『魔王とも交渉を重ねていたのですがうまくいかず、私は魔界を追放されてしまいました』
「〔え、追放!?〕」
『私たち穏健派は邪魔者扱いされていましたので。残された穏健派のみなが心配です』
ユーノさんは下を向き、拳を固く握り締める。
魔界に残してきた同胞が心配なのだろう。
邪魔者を追放するって、なんか人間界みたいだな。
同じく追放された身としては、ユーノさんに同情の念を抱く。
やがて、彼女は顔を上げて一息に告げた。
『レイクさん、お願いです。魔王を……討伐してもらませんか? 魔王はいずれ、人間界に全面戦争を仕掛けるつもりです。もしそうなれば、人間界にも大きな被害が生じますし、魔族は全滅するでしょう。穏健派の仲間が死に絶えるのは……私も耐えられません』
ユーノさんは目に涙を浮かべている。
それほど、真剣に穏健派の仲間のことを、そして人間界のことを考えてくれているのだろう。
俺がやるべきことは一つしかない。
ミウとクリッサを見ると、二人ともコクリとうなずいた。
「ええ、もちろん依頼を受けますよ。人間界のためにも魔界のためにも、魔王を討伐しましょう」
〔ダーリンなら必ず成し遂げてくれるわ。ユーノさんも安心して〕
〔レイクっち、超強いからね~。絶対勝つよ~〕
『ありがとうございます、レイクさん! ミウさんにクリッサさん! あなたたちに会えて本当に良かった!』
ユーノさんともう一度握手を交わす。
次なる依頼は魔王の討伐となり、俺たちは魔界へ行くことになった。
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