第67話:末路(Side:プライオル②)

「兄上! 自分が何をしたかわかっているのですか!?」

「ぐっ……」


 意識を取り戻したら、俺は冷たい床の上に座らされていた。

 身体は縄で縛られており、身動きができない。

 クソッ……何がどうなってやがる。

 ここは帝王の間だ。

 目の前にあるのは玉座。

 いつもなら俺が座っている椅子だ。

 今はアフタルが立ちはだかっていた。


「あなたの行いは国民を恐怖のどん底に突き落としました。とうてい許されることではありません。一国の皇子と言えないほどの悪行です」

「……チッ」


 少しずつ状況が掴めてきた。

 これは俺の断罪だ。

 アフタルはいっちょ前にも、俺を裁くつもりらしい。

 調子に乗るな。

 お前如きに裁かれるような俺ではない。


「あなたは戦争の画策だけではなく、魔族……あろうことか、あの三大魔卿と手を組んでいましたね?」


 アフタルは淡々と話す。

 俺より背が低いのに、ずっと大きく見えた。

 いつの間にか威厳を醸し出すようになっていた。

 だが、そんなことはどうでもいい。


「アフタル、好き勝手言ってんじゃねえよ。お前が言っていることはでたらめだ。全部妄想なんだよ」

「兄上、証拠は全て集まっています。あなたが魔族との連絡に使っていた隠し部屋や、<魔の水瓶>……水瓶からはレイクさんの魔法で、三大魔卿と接触した痕跡が見つかりました」

「……なに?」


 レイクと聞いて顔を上げた。

「あの傭兵が痕跡を見つけた? んなわけあるか」

「では、信じられないようなので実際にお見せしましょう。レイクさんが兄上のした行動を、この魔石に記録してくれました。過去の光景を再現するなど不可能に思いますが、非常に強力な闇魔法で達成してくれたのです」


 アフタルは黒い魔石を掲げる。

 な、なんだよ。

 やけに自信にあふれていて気圧された。


「過去の記録を復元せよ!」


 アフタルが手に持った魔石を床に落として割る。

 空中に映像が現れた。


(どうした、プライオル)

(遅いぞ。もっと早く出てこいや)

(すまないな。魔界と人間界を繋ぐのは、貴様が思っているより高度で手間がかかるのだ)


「なっ……!」


 俺とコカビ・エルケノスが話している様子が映し出されては、話した内容が一言一句繰り返される。

 その後も、古龍に化けたあいつを召喚する儀式の準備など、全てが明らかになってしまった。


「これでも言い逃れするつもりですか、兄上?」

「…………ちくしょう!」


 力の限り叫ぶ。

 こんなに詳しく記録されていたら、誤魔化すことなどできない。

 おのれぇ、レイク・アスカーブ!

 闇魔法だかなんだか知らないが、余計なことをしやがって!

 睨み殺してやろうと思ったが、姿が見えない。

 てっきり銀髪女と、骸骨の眼帯をした不気味な女の横にいると思ったがいなかった。

 王の間全体を見てもいない。

 代わりに、女どもの横には俺を救ってくださった黒騎士殿がいた。

 漆黒の鎧に身を包んだ最高にカッコよくてお強い方だ。


「兄上! あなたはワーストプリズン島に追放する!」


 直後、アフタルの言葉が王の間に響いた。

 思考が止まる。


 ――ワ、ワーストプリズン島……だと……?


 ここから遥か離れた絶海にある孤島だ。

 どこにあるのか詳細な地理はわからず、収監者がどんな末路を迎えるのかさえわからない。

 わかるのは、収監されたらそれまで。

 もう一生外の世界に出てくることはできない……。

 

「ま、待てよ……! 考え直してくれ! 何もワーストプリズン島じゃなくてもいいだろ!? ……そ、そうだ! 王宮で肉体労働するからさ! それで勘弁してくれよ!」


 さすがの俺も怖じ気づいた。

 ただの監獄とは訳が違う。

 あのしょぼい弟がこんなことを言うなんて思ってもみなかった。

 アフタルは何も言わない。

 何も言わず、冷たい目で俺を見ている。


「今さら何を言っているのですか? 兄上、あなたはそれくらい大変なことをしたのです。レイクさんの言うように、一生をかけて反省してきてください。……さあ、衛兵。兄上を連れていきなさい」

「ま、待て! 頼む! アフタル、お前は俺の弟だろ! 兄貴を監獄に入れる弟がどこにいる……ぐああああっ!」


 衛兵が有無を言わさず、俺を引きずっていく。

 こいつらの力は強い上に複数だ。

 勝てるはずもなかった。

 俺の人生はここまでなのか?

 無気力に心が支配されていると、ふと、黒騎士殿の前を通った。

 必死になって抵抗する。

 命の恩人だ。

 最後……人生の最後に、一言でもいいからお礼を言いたかった。


「「おい! 何やってるんだ! お前のいるところはここじゃないんだ!」」

「兄上、抵抗しないでください。仮にも帝国の元第一皇子でしょう。みっともないですよ」


 衛兵たちに今にも連れ去られそうだったが、全身の力を振り絞って耐えた。

 このお方は命の恩人……。

 誰なのか知りたかった。


「お願いです。最後にあなたのお顔を見せていただけませんか? あなたは私を助けてくれました。恩人はどんなお方なのか……どうしても知りたいのです」

「わかった」


 必死に頼み込む。

 黒騎士殿はゆっくりと兜を外し出してくれた。

 いったいどんな方だろうな。

 ものすごく強そうな人なのは間違いない。

 重戦士のような見た目か……いや、逆におっとりした優男って可能性もある。

 ……って、あれ?

 この声色はどこかで聞いたことがあるような……。


「プライオル、自分の罪をしっかりと反省してくるんだ」


 出てきたのは黒髪黒目の地味な男。

 レイク・アスカーブじゃないか。

 アフタルが雇った傭兵だ。

 な、なんで、こいつがここに?

 黒騎士殿はどこ行った?

 しばし呆然としていたが、じわじわと実感が湧いてくる。

 黒騎士殿はレイク・アスカーブだった。

 つまり、俺は見下していたあいつに命を救われたってことか……?


「そんなわけないだろうがあああ!」

「「こらっ、暴れるな! 気絶させろ!」」


 力の限り暴れるが、衛兵たちはさらに強く締め付けてくる。

 呼吸が苦しくなり意識が遠のく。

 ふざけるな、俺はまだ負けていない……こんなところで野望が潰えるなんて……。

 十秒も経たずに、俺は意識を失った。


□□□


「っ……!」


 頬にじんわりと冷たい感触を覚え目が覚めた。

 俺はまた硬い床に横たわっている。

 クソが……また拘束されているのか?

 縄で縛られていると思ったが、意外にも身体は自由だ。

 手も足も自由に動かせる。

 あのクソ弟は、ようやく自分の間違いに気づいたらしい。

 さて、今までの愚弄を処罰してやるぞ。

 覚悟しろ。

 そう思って辺りを見渡すが、ここは王の間ではなかった。

 というか、こんな場所王宮にあったか?

 徐々に目が暗闇に慣れてくると、目の前に何本もの棒が立っているのに気づいた。

 い、いや、これは……。


「鉄格子じゃねえか! あの野郎、俺を監獄に入れやがったのか!?」

「「おい、うるせえぞ! 静かにしろってんだよ!」」


 ガシャンガシャンと鉄格子を揺すっていると、数人の男が歩いてきた。

 おそらく看守だろう。

 エンパスキ帝国の第一皇子を牢に入れるとは、とんでもない不届き者たちだ。


「この俺になんてことしやがる! 俺は第一皇子だぞ! お前ら、名を名乗れ! ただですむとは……」

「知るか! 皇子だろうがなんだろうが、今お前はただの大罪人なんだよ!」

「ったく、どうして世の中にはこんなヤツばかりいるんだろうな」

「一生反省する人生を送れ! このワーストプリズン島でな!」


 看守たちは俺を罵倒すると、振り返ることもなく立ち去る。

 すぐにでも怒鳴り返してやりたい気持ちだったが、彼らの言葉に心が折れてしまった。

 ワーストプリズン島……。

 絶海にある世間から隔絶された監獄島。

 本当に収監されてしまったのだ。

 そう自覚した瞬間、どっとある感情が心に押し寄せた。


 ――後悔。


 最後に感じたのはいつだ?

 もはや、すっかり思い出せなかった。

 今さらやり直すことさえできない。

 下を向くも、目に入るは無機質な石の床だけ。

 自ずと、自分の行いが思い出された。

 強大な国の第一皇子なのに、平和な世の中を乱そうとし、あろうことか三大魔卿と手を組み人間界に召喚してしまった。


――俺はなんてことをやっちまったんだ……。レイクと一緒に戦えばまだ引き返せたのに……。


 頭の中には、その一言がいつまでもいつまでも渦巻いていた。

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