第66話:三大魔卿に圧勝する3

「レイクさん、お茶をどうぞぉ。こちらにはケーキもありますよぉ」

「あ、ああ、ありがとう。でも、もう大丈夫だから……」

「いえいえ、遠慮はいりませんからぁ。さあさあ、いくらでも用意してありますよぉ」


 プライオスとのバトルを終えた後、俺たちは大食堂でおもてなしを受けていた。

 アフタル君は意外と押しが強くて、紅茶だのマカロンだのをグイグイ勧めてくる。


〔ダーリン、このコーヒーほろ苦くて美味しいわ。ちょっと飲んでみて〕

〔レイクっち、このチョコクッキー甘いよ~〕

「う、うむ……」


 右からはミウが、左からはクリッサが、コーヒーやクッキーをグイグイ勧めてくる。

 みな嬉しそうで俺も嬉しい。

 のだが、紅茶を飲まされマカロンを食わせられ……腹がもういっぱいだった。


〔フォークが止まっているけど、お腹痛いの?〕

〔食欲ない~?〕

「そうじゃなくてだな……」

「レイクさん、今度はチェリーパイが焼き上がったみたいです。……どんどん持ってきてくださーい」


 目の前に巨大なパイが設置される。

 こ、これを全部食うのか?

 少々気圧されていたが、アフタル君の目はキラキラしているので断りづらいのだ。

 どうしようかな、と思ったとき……王宮全体が揺れた気がした。

 ミウやクリッサも気づいたようで、ピタリと動きを止めていた。

 アフタル君は疑問の表情を浮かべている。


「どうしたんですか、みなさん。何かありましたか?」

〔ねえ、今揺れなかった?〕

〔ウチも感じたよ。何か大きな生き物が暴れているような……〕

「地震かな……」


 室内を見回すも、シャンデリアなどは別に揺れていない。

 料理を運んでいる人達もまた、取り乱している様子はなかった。

 やはり、気のせいだったのだろうか。

 ……いや、違う。

 たしかに揺れを感じている。

 しかも、徐々に大きくなってきた。


「レ、レイクさん、これはいったい何が起きているんですか!」

「みんな、下がるんだ!」


 突如、大食堂の壁を突き破り巨大な魔族が姿を現した。

 広がった翼に捻じれた角、血のように赤い二つの目……。

 こ、こいつは……。


『相変わらず、人間どもはこのような宴が好きだな』

「「コ、コカビ・エルケノスだああー!」」


 室内は阿鼻叫喚の嵐に包まれる。

 人々が縦横無尽に逃げ惑いパニックだ。

 クリッサも【バトルモード】になり、辺りは緊迫した空気になった。


「アフタル君! 避難指示を出してくれ! こいつは俺たちが何とかする!」

「わかりました! みんな、急いで反対側に逃げて!」


 コカビ・エルケノスは興味がないのか、みんなが逃げる様子をジッと眺めている。

 俺たちは警戒を続けていたが、攻撃してくる気配はない。


『弱い人間どもはどうでもいい。レイク・アスカーブ、貴様さえ倒せば人間界は終わりだ』

「魔界と人間界って、そんな簡単に行き来できるのか? これで三大魔卿が全員来たことになるぞ」

『まぁ、落ち着け。まずはお前たちによいものを見せてやろう。ほら……』


 そう言って、コカビ・エルケノスは何かを見せてきた。

 ぷらぷらと揺すられているのは、濃い赤髪に緑の目をした男。


「プライオス!」

「兄さん!」


 あの凶暴な皇子がコカビ・エルケノスに捕まっていた。

 プライオスは気絶しているらしく、ぐたりと動かない。

 いったいなぜあいつが……?


『この男が率先して私を召喚してくれたのだ。私の言うことを少しも疑わず、召喚の魔法陣を描いてくれた』

「な、なに!?」

『地下室に痕跡がまだ残っているぞ。<魔の水瓶>という、魔界と繋がるアイテムの破片もな』

「そ、そんな……兄上が魔族を召喚するなんて……」


 アフタル君は強いショックを受けたようで、呆然と佇んでいる。


『レイク・アスカーブ! 我が魔力により、今ここで灰と化せ! 腐食の濃霧にて全てを腐敗させよ! 《スポイル・フォグ》!』

「危ない、アフタル君!」


 コカビ・エルケノスが、黒い霧みたいな魔力を飛ばしてきた。

 とっさにアフタル君を抱えて飛び退いた。


『チィッ、外したか。ちょこまかと鬱陶しい動きだ』


 霧が触れると色とりどりのお菓子やパンが、グズグズと煤のように朽ちていく。


「あっ、こらっ! 食べ物を粗末にするな!」

〔みんなが一生懸命作ってくれたのよ!〕

〔何をやっているのですか! 元に戻してください!〕

『そんなものより己の身を心配しろ。この男はお前の命と交換だ』


 プライオスを見せつけながら、コカビ・エルケノスは言う。

 ふむ、交換条件というわけか。


「レイクさん! 兄上に気にせず、あいつを倒してください! 命を失っても仕方がないことをしたのです!」

「いや、そういうわけにはいかないよ。大丈夫、プライオスも助けるから」


 全身に力を漲らせ、全速力で駆けだす。

 コカビ・エルケノスの手前で飛びあがり、その手からプライオスを回収。

 床に着地したら、急いでアフタル君たちの所に戻ってきた。

 ここまで物の数秒。


『なに!? いったいどうやって動いた!』

「え……! レイクさんが消えたと思ったら目の前に……! しかも、兄上を助けてくれるなんて……!」


 コカビ・エルケノスとアフタル君は大変に驚いている。

 きっと、彼らには見えなかったのだろう。

 プライオスを床に寝かせる。

 今回の敵も魔族と言えど、三大魔卿だ。

 油断しない方がいい。

 とりあえず、【怨念の鎧】と【悪霊の剣】を装備した。


『私の身体は魔法を弾く装甲でできている。お前の大好きな魔法は通用しないぞ』

「なるほど……」


 たしかにこいつの身体は硬そうな装甲で覆われている。

 こう言っちゃアレだが、でかい虫みたいだ。

 闇魔法ならゴリ押しできそうな気もするが、ここはやはり【悪霊の剣】で一突きといこう。

 気分爽快だからな。


『ならば、これならどうだ! この世に蔓延る魔の存在よ。あの愚かな下等生物を葬り去れ……<スポイル・フォグドラゴン>!』


 と、思ったが、毒のドラゴンを飛ばしてきたのでそのまま跳ね返すことにした。

 これも攻撃だろうから反射できるはずだ。

 思った通り、とんでもない数……まぁ666倍に増えてコカビ・エルケノスを襲う。

 硬そうな装甲の中に入り込み、内側からヤツの身体を汚染する。

 霧だからどんな隙間からも入り込めるのだ。


『な、なんだ……何の魔法を使った……ま、待て……ぐああああ!』


 コカビ・エルケノスの身体はグジュグジュになって朽ち果てていく。

 やはり、三大魔卿の毒は非常に強力だったようだ。

 ……おまけに666倍だからな。

 ひとたまりもないと思う。

 コカビ・エルケノスが崩れ落ちたところで、ミウとクリッサが駆け寄ってきた。


〔また一撃で倒しちゃうなんて、すごい力の差ね〕

〔マスター、お疲れ様でした。今回も圧勝でした〕

「まぁ、今回もいつも通りだったな。といっても、こいつの毒はヤバそうだから浄化しとこう」


 コカビ・エルケノスの身体から漏れ出た霧が、建物や床を汚染していた。

 修理が大変だろうに。

 この状況に適した闇魔法はあるかな。



――――――――――――――――――――――――

《ダークネス・ポイズンクリーン》 

ランク:SSS 

能力: あらゆる毒を浄化する

――――――――――――――――――――――――



 まさしく。

 これで毒を浄化しよう。


「《ダークネス・ポイズンクリーン》!」


 毒の霧より一段と黒い光の粒子が、壁や床に触れる。

 すぐに腐食は収まった。


「レイクさん……あなたはいったいどれほど強いのですか……」

「いやぁ、むしろ片付けの方が大変そうだな」


 ぐ~っと背中を伸ばしていると、足元から男のうめき声が聞こえてきた。

 プライオスが目覚めたらしい。


「う……うぐっ……俺は死んだのか……?」

「いや、死んでいないよ。お前は生きている」

「え? だ、誰だ、貴様は。コカビ・エルケノスはどうなったんだよ」

「あいつならもう朽ち果てているよ」


 俺がコカビ・エルケノスを指すと、プライオスはボーっとした。

 かと思いきや、すごい勢いですがりついてきた。


「あんたが倒してくれたのか!?」

「だ、だから、そういっているだろ。こらっ、やめなさい」

「魔族を召喚する魔法陣だとは知らなかったんだよ! こんなことになるなんて思わなかった! だって、誰も教えてくれなかったじゃないか!」


 プライオスは俺にまとわりついては泣き叫ぶ。

 その声を聞いたのか、逃げていた人たちが少しずつ戻ってきた。

 建物の陰から恐る恐る様子を伺っている。


「おい、三大魔卿が倒されたらしいぞ……! あの黒い塊がそうみたいだ……!」

「……ま、待ってくれ。プライオス様が召喚したって……?」

「う、うそ……。どういうこと? じゃあ、あの魔族に私たちが襲われたのは、プライオスのせい……?」


 アフタル君や使用人たちが冷めた目で見る中、プライオスはいつまでも泣き叫ぶ。

 やがて、泣き疲れたのか眠ってしまった。


〔まったく、どうしようもない皇子様だったわ〕

〔ウチも同感~〕

「ああ、そうだな。アフタル君も苦労してたんだね」

「お恥ずかしい限りです……」


 今回もまた色々とあったわけだが、無事、三大魔卿の最後の一体――コカビ・エルケノスも倒すことができた。

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