第6章:【東の帝国】編

第60話:情勢悪化と新たな策略(Side:ムノー③)

『おのれ、レイク・アスカーブめ! メフィ・ステシアまで倒すとは!』

『『ひっ……!』』

 

 余は大会議室の机を力の限り叩く。

 もちろん、レイクアスカーブが憎いからだ。

 ただの人間のくせに調子に乗りおって。

 だが、メフィ・ステシアが弱いのもいけない。

 大見えを切って出向いたはいいが、あっさりと倒されてしまった。

 まったく、三大魔卿の質も落ちたものだな。


『グリワ・メイモン様に続いてメフィ・ステシア様まで倒されるとは……』

『あの男はそんなに強いのか……? ……人間とは思えないぞ』

『いったいどうすればいいんだ……。俺たちではまるでかなわないだろうし……』


 だが、楽観視できるわけもなかった。

 魔将軍の中にも動揺が広がっている。

 三大魔卿のうち二体が、立て続けに倒されてしまったからな。

 しかも同じ人間にだ。

 こんなことは魔界始まって以来、初めてのことだ。


『さて、これからどうするかな……』


 あの小僧のせいでだいぶ戦力が減ってしまった。

 余は大会議室を見渡す。

 魔将軍たちは気まずそうに下を向いていた。

 どいつもこいつも、レイク・アスカーブに勝てそうな器ではない。


『魔王様、少しよろしいでしょうか。私に策がございます』


 最後の三大魔卿、コカビ・エルケノス。

 背中から生えた大きな両翼に、口からはみ出るほど巨大な牙。

 そして、額からねじれるように伸びている一本の角が特徴的だ。


『なんだ』

『魔王様も承知の通り、我らの戦力は大幅に減ってしまいました』

『うむ……』


 減ったのは戦力だけではない。

 魔族全体の士気も落ちつつあった。

 このままでは勝てる勝負も勝てなくなる。


『これから新しい三大魔卿を選ぶ必要がある上に、転移門の製作もすぐにはできませぬ。ゆえに、まずは魔界の態勢を整えなければなりません』

『そんなことはわかっておるわ。何が言いたい?』


 三大魔卿クラスとなると、魔力の昇華が必要になる。

 最低でも数年、魔界にある“仙境窟”に籠って修行せねばならない。

 魔力を蝕まれる過酷な洞窟なので、耐えきれず死ぬこともよくある。

 今いる戦力の中から選別するだけでも、大変に時間がかかるだろう。


『我々魔族が人間界へ攻め入る前に、人間たちの戦力を減らしておくのです』

『ふむ。となると、モンスターどもに命令するか? だが、雑魚をいくら集めたところで、レイク・アスカーブを倒せるとは思えんぞ。あいつには広範囲魔法もある』


 モンスターどもは魔族よりたくさんいるが、所詮数だけだ。

 時間稼ぎにはなっても、決定打にはなりえない。


『ご心配なく、魔王様。戦争を起こして、人間に人間を襲わせるのでございます』

『……具体的に話せ』

『人間は同じ種族のくせに、互いに好戦的です。強大な力を手に入れれば尚更です。特に、自分が支配している国が巨大であればあるほど、攻撃的になる傾向があります』


 コカビ・エルケノスは淡々と説明を続ける。


『相手が人間なら、あのレイク・アスカーブも手こずるでしょう。いくら悪くても敵が人間であれば、どうしても手を緩めてしまうのが人間の性。もしかしたら、同士討ちさせられるかもしれません』

『なるほどな。たしかに、あいつの敵はモンスターや魔族ばかりだった。人間同士の戦争を起こせば、対処に難儀する可能性は十分あるな』


 レイク・アスカーブの戦いを見ていたが、人間を殺しているところは見たことがない。

 その甘さに付け込めばいいのだ。


『たとえ人類絶滅まではいかないでも、人間どもの大幅な戦力低下は免れません。その間、我々は態勢を立て直すのでございます』

『それは名案だ。人間同士がつぶし合いをしている間、余たちは戦力を整える。時間の有効活用にもなるな』


 こいつも意外と頭がキレる。

 だが、油断してはいけない。

 少しでも気を許すと魔王の座が奪われる。

 魔族とはそういう生き物だ。


『ムノー様、お待ちください! まだ間に合います! どうかお考え直しください!』

『チッ……!』


 今後の見通しが立ちそうになったとき、またもやユーノが出てきた。

 そして、ずっと同じ主張を続けてくる。


『幸いなことに人間側に大きな被害は出ておりません。まだ和解の余地があります。』

『なんだ、お前は! 誰が発言していいと言った! いい加減にしろ!』

『このままでは、我々魔族は全滅してしまいます!』


 よくも余に向かってそんなことが言えたな。

 まったくもって大変に腹立たしい。


『ユーノ、前にも言ったはずだ! 人間どもと和解するつもりは微塵もない! 我々魔族が人間界を支配するのだ!』

『で、ですが、このままでは我々魔族は……!』

『ええい、うるさい! ユーノ、貴様は追放だ! もう顔も見たくないし、声も聞きたくないわ!』

『なっ……!?』


 余が追放と言うと、ユーノは固まった。

 呆然と立ち尽くしている。


『思えば、貴様は人間どもの味方をしてばかりだったな! 人間どもの密偵でもしているのか!』

『ち、違います! 私は魔王様、ひいては魔族のためを思って、意見を述べさせていただいているのです!』


 ユーノは必死になって弁明しているが、少しも許そうなどとは思わなかった。

 コカビ・エルケノスや、周りの魔将軍たちもキツい目で睨んでいる。

 これ以上好き勝手に発言させると、それこそ士気に関わる。


『そんなに人間どもが好きならば、いっそのこと人間界で暮らしたらどうだ!』


 余が言うと、魔将軍たちも失笑していた。


『し、しかし……』

『口答えするな! 貴様は魔界から追放だと言っているんだ! 今すぐ出て行け!』

『わ、わかりました……』


 こいつは弱い魔族だから、転送に必要な魔石も少なくて済むはずだ。

 ユーノはトボトボと小型の転移門へ向かう。

 試作型としてメフィ・ステシアが造ったものだった。


『魔王様、ほんとによろしいのですね?』


 ユーノは門の前に立つと、伏し目がちに呟く。

 その顔は悲しみと寂しさが入り混じったような、複雑な表情だった。

 だが、そんなことは余の知ったことではない。


『うぬぼれるのも大概にしろ! 貴様などいなくても何の問題もないわ!』

『……承知いたしました』


 そして、ユーノは魔界から消え去った。


『やれやれ、ようやくスッキリしたな』

『魔王様、ユーノを追放していただき誠にありがとうございます。我々もあの不届き者にはストレスを感じていました』


 余もコカビ・エルケノスも魔将軍も、みんなユーノ……いや、穏健派が邪魔だった。

 リーダーがいなくなれば、魔界の穏健派も散り散りになることは間違いない。

 ユーノしかまともな力を持っている者はいないからな。


『よし、ではこの一件はお前に任せた。今度こそレイク・アスカーブを……いや、人類そのものを破滅させてしまえ』

『お任せくださいませ、魔王様。私が必ずや仕留めて参ります』


 コカビ・エルケノスは大会議室から出て行った。

 次こそはレイク・アスカーブを、人類全てを亡き者にしてやる。

 余は拳を力強く握りしめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る