第58話:末路(Side:マウント①)
「マウント・エゴー! この愚か者! お前のせいで我々は死ぬところだった! いや、世界の危機が訪れてもおかしくなかったんだぞ!」
「……くっ!」
教会の中にイノセンティアの声が響く。
周囲には修道士どもがいた。
私は“神聖霊教会”の床に押さえつけられていた。
そして、腕がまったく動かない。
両手を縄で縛られているからだ。
しかも、ただの縄ではない。
魔力封じの魔法が込められているようで、<ワープ>はおろか簡単な魔法さえ使えなかった。
「まさか修道士を誘拐するだけじゃなく、三大魔卿とも手を組んでいたなんてね!」
「そ、それより早く縄を解け! 私を誰だと思っている! 私はカタライズ王国の三大名家、エゴー家のマウント公爵だぞ!」
「お黙り! もう公爵でも何でもないだろう! お前のせいでどれだけの人が恐怖し、迷惑を被ったかわかっているのか!?」
「ぅぐっ……!」
クソッ、どこで間違えた。
計画は上手くいっていたんだ。
もう少しで転移門が完成して、爵位も元通りになったのに……いったい何がいけなかったんだ。
……そうだ、レイク・アスカーブのせいだ。
あいつはどこにいる。
辺りを見回しても見当たらない。
おのれ、逃げおったか。
「反省していないようだから教えてやるが、お前は人類の危機を起こす寸前だったのだ!」
「チィ……!」
ふと後ろの壁を見ると、漆黒の鎧に身を包んだ武人がいた。
メフィ・ステシアに襲われた私を助けてくださった方だ。
あのお方にくっついていれば、爵位を取り戻すのも簡単かもしれない。
「そして、お前の処遇だが……」
「ふんっ、私に向かって偉そうな口を利くんじゃない」
私は何といってもエゴー公爵家の出身だからな。
さすがの“神聖霊教会”も手を出せないはずだ。
「お前はワーストプリズン島に収監する!」
――…………え?
「な……んだと……ワ、ワーストプリズン島……?」
その名を聞いた瞬間、背筋が凍った。
絶海の孤島にあるとされる監獄島だ。
一度入ったら二度と出てこられない。
予想だにしないことで、思考回路が止まってしまった。
――ワ、ワーストプリズン島に収監だって? そ、それはいくらなんでもまずいぞ。何とかして状況を打開せねば……。
しきりに対策を考えるが、ショックで頭が回らない。
と、そこで、頭の片隅に女たちの声が聞こえてきた。
鎧のお方の近くにいる小娘どもだ。
〔親子そろって迷惑な人たちだったわね。ダーリンがいなかったら、今頃どうなっていたことやら……〕
〔マジ、ミウッちの言う通り~〕
「ああ、まったくだな」
あのお方はダーリンという名前らしい。
その力はまさしく規格外で、あの三大魔卿を一撃で葬り去ってしまった。
世の中にはあんなに強い人間がいるのか。
こんな状況でも、思わず感心するほどだった。
「さあ、この者を連行せよ!」
「お、おい、やめろ! やめんか!」
修道士たちが私を乱暴に引きずっていく。
い、いやだ、絶対にワーストプリズン島には行きたくない。
必死に暴れて抵抗するが、微塵も効果がない。
教会から引きずり出される直前、鎧のお方の前を通った。
そうだ、せめて……。
「「こら! レイク様に近づくな!」」
「お願いでございます。あなたのお顔を見せていただけないでしょうか? 世俗から隔離される前に、命の恩人のお顔だけでも見ておきたいのです」
「わかった」
懸命な訴えを聞いてくれたのか、鎧のお方はゆっくりと兜を外していく。
いったいどんな顔をしているのかな。
あれだけ強いのだ、きっと睨んだだけで敵を殺せるような威圧感の持ち主かもしれない。
いや、意外に天使っぽい顔つきでギャップがあるのかもしれないな。
あれ、そういえば、レイク様って……。
「しっかり自分の行いを反省してくれ、マウント」
「…………え?」
兜の下からはレイク・アスカーブが出てきた。
……なぜ?
もしかして、鎧のお方を倒して装備を奪ったのか?
いや、そんなことはあり得ない。
つまり、鎧のお方はレイク・アスカーブだったのだ。
ということは……。
――私は……レイク・アスカーブに助けられたんだ。怨敵に命を拾われ、その強さに感服し、挙句の果てには、顔を見たいなどとすがりついて……。
その瞬間、私の理性は崩壊した。
「ぐああああああ! レイク・アスカーブウウウウ! 貴様だけはあああ!」
「「こら、やめろ! 見苦しいぞ!」」
レイク・アスカーブに迫る直前、修道士たちに引き留められた。
屈強な修道士たちが何人ものしかかってくる。
あっという間に胸が圧迫され、呼吸が苦しくなってきた。
「き……貴様さえいなければ今ごろ……」
必死にレイク・アスカーブの方へ手を伸ばす。
だが、その手は空を切るばかりで届くはずもなかった。
呼吸も限界を迎える。
――ま、まだだ……まだ私の爵位は取り戻せ……。
そして、私は意識を失った。
□□□
「……ごほっ! こ、ここはどこだ……?」
気がついたら、私は冷たい床に横たわっていた。
いや、床と言うよりは汚い地面だ。
しかも、じっとりと濡れていて気持ち悪い。
目の前には太くて頑丈そうな柵。
壁や天井はさらに強固に見える。
「ま、まるで、監獄じゃないか……」
どこからどう見ても、ここは牢屋だ。
しかも、大罪人が収容されるような……。
その瞬間、全てを理解した。
――わ、私はあのワーストプリズン島に連行されてしまったのだ……!
自覚した瞬間、汗がとめどなく出てきた。
あっという間に全身がびしょ濡れになる。
ふと、斜め向かいの牢を見ると、年老いた男がいた。
よ、よし、あいつと協力すれば脱出できるかもしれない。
それにしても、ずいぶんと老けた男だな。
何十年も収監されているのか?
「おい、そこのお前。私に協力しろ。一緒にここから出るのだ、言っておくが、エゴー公爵家から話しかけられるなんて、またとない名誉なことで……ひぃっ!」
男はわき目もふらず、一心不乱に柵を舐めている。
ど、どうしたというのだ。
柵を舐めて削り取ろうとでも言うのだろうか。
何千年かかるんだ。
とんでもないところに収監されてしまった。
こ、これが、ワーストプリズン島……。
しかし、次の瞬間には良い作戦を閃いた。
「そ、そうだ。私には<ワープ>スキルがある。<ワープ>を使えば脱出できるはずだ」
よし、<ワープ>……。
「ぐああああああ!」
突然、牢獄の全方位から激しい雷が飛んできた。
全身を強く打たれる。
どうやら、魔力に反応して攻撃してくる仕組みらしい。
あ、甘かった……ワーストプリズン島には対魔法の備えがあったのか。
そして、騒ぎを聞きつけて看守たちが集まってきた。
「おい、じじい! 今逃げようとしただろ!」
「逃げられるわけないだろうがよ! この島全体は転送を遮断する結界で囲まれているんだぞ!」
「俺たちの手間をかけるんじゃねえよ、めんどくせえな! お前はここで惨めに死ぬのを待っていればいいんだ!」
公爵家だった頃からは、考えられないような暴言を吐かれまくる。
さすがの私も聞き捨てならない。
「貴様ら、私に向かってなんだ! 私はマウント・エゴーだぞ!」
「知らねえよ! 魔族と手を結んだくせに偉そうにするな!」
「危うく俺たちも死ぬところだったんだぞ!」
「どうしてこんなクソ野郎ばっかいるんだよ!」
看守たちはひとしきり罵倒すると、どこかへ行ってしまった。
直後、牢獄は不気味なほど静かになる。
あんな者どもでも、いないよりはいた方がマシだ。
「た、頼む……待ってくれ……」
崖から突き落とされた気分で、もはや蚊の鳴くような声しか出なかった。
頭の中が後悔の念で支配されていく。
――こんなことになるんなら、レイク・アスカーブと協力してメフィ・ステシアを倒せば良かった。そうすれば、爵位くらいなら取り戻せたかもしれないのに……。
だが、もうどうにもならない。
悔やんでも悔やみきれない心境になり、下半身が温かくなるのを感じた。
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