第55話:索敵開始

「さっそく、行方不明の人たちを探そう。【闇の魔導書】に探索系の呪文があるか調べてみるか。あれだけ分厚い本だからな、一つくらいはあるはずだ」

〔ええ、私もそれが良いと思うわ〕


 【闇の魔導書】来い!

 と念じようとしたときだった。


〔ウチが探してあげるかんね~〕

〔だから、いちいちダーリンにまとわりつかなくていいの〕


 クリッサがふにゃふにゃしだした。

 人目も気にせずまとわりついてくる。

 どうやら、彼女が探してくれるようだ。

 ミウが怒る前に事を収めたい。


「じゃ、じゃあお願いするよ。くっつかなくていいからね」

〔あい、わかった~…………【バトルモード】起動。索敵開始……〕


 クリッサの右目がキュインキュインしだした。

 青っぽい結界が、彼女を中心として周囲に広がっていく。


〔……完了。“神聖霊教会”の方々は、ここから少し離れた“ミリティスの洞窟”に集まっています。また、全員の生存を確認いたしました〕

「え、はや」

〔さすがは呪われた即死アイテムね〕


 あっという間に索敵が終わってしまった。


「全員の生存を確認って言ってたけど、みんな生きてるの?」

〔はい、生きています。どうやら、魔界に繋がる転移門の製作を強要されているようです〕

「て、転移門!? マジかよ。しかも、魔界だなんて……」

〔やっぱり、魔族が関わっていたのね〕


 クリッサの言葉を聞いて、修道士たちをどよめきが包み込んだ。


「修道長様たちは“ミリティスの洞窟”にいらっしゃったのか! 道理でいくら探しても見つからなかったはずだ!」

「いったい何のために攫ったんだ! 修道長たちを誘拐するなんて許せないぞ!」

「でも、生きているって言っていたわ! 英雄様のお仲間が仰ることなのだから、間違いないはずよ!」


 ざわざわと、どよめきが収まらない。


「ねえ、ラミーナちゃん。“ミリティスの洞窟”って、なに?」

「“オーヴェスト山”の中で、最も魔力の純度が高い空間です。純度が高すぎて危険なので、教会内でも修道長などの限られた人たちしか入れません」

「なるほど……何か裏がありそうだな」


 そんな特別な場所に閉じ込められているなんて、何の目的があるんだろう。


「それにしても、クリッサさんはすごいですね。“ミリティスの洞窟”は外からの探知を防ぐため、Sランクの聖なる結界で覆われているのですが」

「彼女はSSSランクだからね。結界を貫通できたんだと思うよ」

「「SSSランク!?」」


 俺の言葉を聞いて、修道士たちはまたどよめいた。

 初めて聞いたぞ……、さすがは英雄様のお仲間だ……、などというざわめきが聞こえてくる。


「じゃあ、俺たちだけで行ってくるから、ラミーナちゃんはみんなと残っていてね」

「い、いや、しかし、私も一緒に連れていってください」


 ラミーナちゃんは真摯な瞳で俺たちを見る。

 その険しい顔から、真剣な気持ちが伝わってきた。

 それでも、連れて行くわけにはいかなかった。


「……ラミーナちゃん、悪い。ここに残っていてくれ。どんな敵が潜んでいるかわからないんだ。元々危険な場所ならなおさらだよ。大丈夫、俺たちが必ず助け出してくるから」


 いくら彼女が修道女の見習いと言っても、まだほんの子どもだ。

 少しでも危ない目にはあわせたくなかった。


「はい……わかりました」


 悔しそうな表情をしつつも、ラミーナちゃんは納得してくれた。


「どうかみなさんを救ってください、レイクさん」


 そのまま、ラミーナちゃんは小さな頭をペコリと下げる。


「ああ、もちろんだよ」

「“ミリティスの洞窟”には十分すぎるほど気をつけてください。魔力の純度が高い分、あまり長居はしない方がいいです」

「忠告ありがとう、ラミーナちゃん。大丈夫、すぐにみんなを助けてくるよ」


 移動するためみんなから少し離れる。

 みな、心配そうな顔で俺たちを見ていた。

 絶対に連れ帰ってくるぞ。

 【闇の魔導書】来い!


「<ダークネス・テレポート>! 行き先は“ミリティスの洞窟”!」


 一秒後、俺たちは薄暗い洞窟に着いた。

 三人が並んで手を広げても、余裕があるくらいの大きさだ。

 壁にはロウソクが灯されていて、ぼんやりと通路は光っている。

 ゆるいカーブを描いて奥の方へ続いていた。


〔ラミーナちゃんの言うように魔力の純度が高いのね。肌で感じるくらいだわ〕

〔教会のみなさんは、この奥におられます〕

「よし、慎重に進んでいこう」


 俺たちはゆっくりと歩を進める。

 でも、呪われた即死アイテムは装備しない方がいいかもしれん。

 どす黒い装備を見るとびっくりするだろうし。

 少し歩くと、大きな扉の前に着いた。

 隙間から光が滲み出ている。


「たぶん、この中だよな?」

〔マスターの仰る通りです〕


 俺は静かに扉を開ける。

 部屋はひときわ大きな空間となっていて、一段と天井が高かった。


〔ずいぶんと広いわね〕

「ああ、俺たちがいた教会より大きいかもな」


 そして、奥の方に巨大な門のような建造物があった。

 その手前には、十人くらいの修道士たちがいる。

 間違いなく行方不明になっていた人たちだろう。


「大丈夫ですか!? 俺はカタライズ王国から来たレイク・アスカーブと言います! みなさんを助けに来ました!」


 俺が叫ぶと、みんないっせいに振り返った。


「「あ、あなたたちはいったい誰ですか!?」」

「ラミーナちゃんがグランドビールまで俺を呼びに来てくれたんですよ。彼女に頼まれて、行方不明のみなさんを助けに来ました。他の修道士の人たちは教会の中にいるので安心してください」

「「ラ、ラミーナが!? しかも、レイク・アスカーブと言ったらカタライズ王国の英雄じゃないか!?」」


 助けが来るなど予想もしなかったのだろう。

 みんな、しきりにざわざわしている。

 すると、人垣の奥から淑女が出てきた。


「私は“神聖霊教会”修道長のマザー・イノセンティアです」


 薄紫の灰色っぽい髪に、黒を基調としたシックな修道服に身を包んでいる。

 セインティーナさんは儚げで美しい雰囲気だった。

 だけど、この人からは安心感というか落ちつくような印象を受ける。


「敵に気付かれないよう、外の様子を探っていました。ラミーナが教会から出て行ったのは感じましたが、そのような理由があったのですね」

「はい、たった一人で助けを求めに来てくれました」


 イノセンティアさんと握手を交わす。


「私たちは魔界に繋がる転移門の製作を強要されていたのです。従わなければ、修道士たちを皆殺しにすると脅されて……。無論、そんなことはできないので、わざと遅く作ってどうにか時間を稼いでいたのです」

「なるほど……それは大変でしたね。でも、俺たちが来たからにはもう大丈夫ですよ。教会に帰りましょう」


 良かった良かった、と修道士たちに囲まれる。

 あとは<ダークネス・テレポート>で教会に戻るだけだな。

 と思ったとき、扉の方から何かが飛んできた。

 俺の頭めがけてだ。

 すかさず、素手で掴んで止めた。


「……おっと、あぶね! なんだ!?」


 飛んできた物は魔力で形成された槍だった。


〔マスター、向こうに生体反応を感じます〕


 クリッサが通路の暗がりを指さす。

 薄っすらと人型の影が見える。

 誰だ、と問いただす前に影はゆらりとその姿を現した。

 

「「レイクさん! あいつが私たちを誘った犯人です!」」


 イノセンティアさんたちが厳しい表情で叫ぶ。

 人影は男だった。

 そして、そいつの顔を見た瞬間、俺の脳裏にとある人物の顔が思い浮かんだ。


「あ、あんたは、もしかして……」

「レイク・アスカーブ! 貴様のせいで、我らがエゴー公爵家は没落したのだ! 死を持って償ってもらおう!」


 年取ったセルフィッシュみたいな男が出てきた。

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