第50話:末路(Side:ナメリック②)
「ナメリック! 自分が何をしたか、わかっているだろうね!?」
俺様はギルドのロビーで、ギチギチに縛り上げられていた。
縄は硬い上に力いっぱい締め付けられている。
肉がちぎれそうなほど食い込んできて、体がとんでもなく痛かった。
抵抗の意思を見せるため、ライブリーを思いっきり睨みつけた。
――クソッ、お前なんか今すぐにでもぶち殺すぞ。こんな縄すぐにほどいてやる。
だが、不思議と体に力が入らない。
まるで、体が衰えてしまったかのようだ。
ちくしょう、なんでだ? 特殊な縄でも使ってんのか?
「あんたのせいで、ノーザンシティは……いや、全世界が破滅の危機にあったんだよ!」
「だ、だから、こんなことになるとは思わなかったんだ」
「おだまりっ! 言い訳は聞きたくないね!」
ライブリーに思いっきり怒鳴られ、さすがに怖じ気づいた。
少し離れたところを見ると、あの鎧野郎がいる。
三大魔卿のグリワ・メイモンを倒して、俺を助けたヤツだ。
漆黒の鎧に身を包み、全身から黒っぽいオーラを発している。
あんなヤツは俺も見たことがない。
相当な手練れということだけはわかった。
「ナメリック、これを見な! お前はもうエースどころか、冒険者としても活動できないね!」
ライブリーは俺の前に、大きな鏡を置いてきた。
なんのつもり……。
そこに映っている人間を見た瞬間、絶句してしまった。
「なんだよ、このジジイは!?」
そこには、ヨボヨボの汚いジジイが映っている。
顔中皺だらけで、腕も足も棒のようで今にも死にそうだ。
おまけに、ぶん殴りたくなるようなムカつく顔をしている。
いや、ちょっと待て。
まさか、こいつは……。
「こ……これは……俺なのか……?」
鏡の中のジジイは……俺だった。
「あんたが飲んだポーションは、魔族アイテムだったんだよ! その代償で、そんなジジイになっちまったのさ! 当然の報いだね!」
「そ、そんな……」
グリワ・メイモンが渡してきたポーションを思い出した。
パワーアップするというから飲んだのに……。
「ふ、ふざけんな! 飲んだらジジイになるなんて聞いていないぞ!」
「さあ、何があったか全部話してもらおうか!」
「何があったって……ポーションを貰っただけだよ! 別に何の取引もしてねえ! だから、解放しろよ!」
「アンタが嘘を吐いている可能性もあるからね! 調べさせてもらうよ!」
ライブリーが言うと、ギルドの魔法使いが出てきた。
どいつもこいつも手練れのヤツらだ。
俺の周りを取り囲む。
「「……この者の真実を明らかにせよ! <リードマインド>!」」
「お前ら何を……ぐああああ!」
これは心を読む魔法だ。
頭の中を手でかき回されているようで、気絶しそうなほどの苦しみだった。
数時間にも思える時が過ぎたら、ようやく解放された。
「ゲホッ……ゴホッ」
「どうやら、あんたの言っていることは本当だったようだね」
「だ、だから……そう言っているだろうが」
精神も身体もズダボロになり息も絶え絶えだった。
「冒険者のくせに魔族と手を組むとはね! なにを考えてたんだい!」
「ぐっ……そ、それは……」
今さら言い訳のしようもなかった。
周りを囲んでいる冒険者たちも呆れた顔をしている。
一人残らずぶっ殺したかったが、俺の身体はピクリとも動かなかった。
静寂を破るようにライブリーが叫ぶ。
「ナメリック! あんたはワーストプリズン島行きだ!監獄で一生を過ごすんだよ!」
――…………は?
ワーストプリズン島って、あの島だよな。
あらゆる大罪人が収容される、最低最悪の監獄だ。
絶海の孤島にあり、一度入ったら二度と出られないという……。
「ま、待てよ! 何もワーストプリズン島行きにすることはねえだろ!」
さすがに、ワーストプリズン島はまずい。
いや、俺はギルドのエースだぞ。
こんなことがあってたまるか。
しかし、冒険者の連中が俺のことを殴りまくってくる。
「ぐはっ……お、おい! やめろ! 俺様のことを誰だと思ってんだよ! 俺様はエースだぞ!」
「なに寝ぼけたこと言ってんだよ! 処刑されなかっただけ、ありがたく思え!」
「いつもいつも、迷惑ばかりかけやがって! みんなお前にウンザリしてんだ!」
「魔族はおろか、三大魔卿と手を結びやがってよ! 何考えてんだ、クソ野郎!」
瞬く間に、俺の全身はボコボコにされた。
ただでさえ縄で動けないのに、動く気力も奪われた。
最後の望みをかけて、必死にライブリーに謝る。
「お、俺はこんなにひどい目に遭ったんだよ! だから、もう十分じゃねえか! 見逃してくれよ!」
「それとこれは別の話だね! 逃げられると思うんじゃないよ!」
しかし、あのライブリーが見逃すはずもなかった。
「さあ、この不届き者を連行しな!」
「お、おい、やめてくれ!」
有無を言わせず、頑強そうな冒険者たちが俺を運び出す。
「最後までお前は迷惑なヤツだったな!」
「もはや、冒険者の風上にも置けないんだよ!」
「二度と太陽の下に出て来るんじゃねえ!」
これ以上ないほど乱暴に引きずられていく。
ロビーから連れ出される直前、鎧野郎の前を通った。
「うっぐ……!」
俺様は力の限り抵抗して、鎧野郎の前に向かう。
「「おい、貴様! いい加減にしろ! もっと痛い目にあいたいのか!?」」
「た、頼む……アンタの顔を見せてくれないか……?」
こいつは命の恩人なんだ。
俺様はもうダメかもしれないが、最後に顔くらい見ておきたかった。
「わかった」
鎧野郎は、ゆっくりと兜を外す。
いったい、どんな見た目なんだ?
何だかんだ、俺様は気になっていた。
あれほどの猛者だ。
そこら辺の冒険者とは全く違う人間に違いない。
「自分の罪をしっかり反省しろ、ナメリック」
――……は? な、なんで、こいつが出てくる?
鎧野郎の素顔は…………あのレイク・アスカーブだった。
グランドビールからやってきたザコ虫だ。
そうか、きっとザコ虫と鎧野郎は双子なんだ。
そうだよ、そうに違いないだろうが。
だが、そんなことがあり得ないのは、痛いほどわかっていた。
つまり、俺様は見下していたザコ虫に命を救われたのだ。
「びゃあああああ!」
怒りと恥とで、頭が沸騰しそうになった。
とにかく暴れようとするが、体がまったく言うことを聞かない。
それどころか、冒険者からさらに酷い扱いを受けた。
「うるせえ! 暴れるな! 毎度毎度、剣ばっかり舐めやがってよ! 汚ねえんだよ、お前は!」
「もう二度と俺たちの前に出て来るな!」
「監獄行きがお似合いだ! この裏切者が!」
「かっ……はっ……た、すけ……」
冒険者どもにのしかかられ、体を拘束される。
やがて、俺は意識を失った。
□□□
「……ぐっ、ここはどこだ……?」
目が覚めたとき、俺様は見知らぬ場所にいた。
暗くてよくわからないが、どうしてこんなにジメジメしているんだ。
冒険者どもにボコられた体が痛い。
そのうち、暗闇に目が慣れてきた。
「お、おい……これは牢屋じゃねえかよ……」
部屋の前には、頑丈な鉄格子がある。
明らかにここは監獄だ。
ということは……。
――本当に…………ワーストプリズン島へ送られたのだ。
そのとき、看守らしきヤツらが通りがかった。
「おいコラ! 俺様を出しやがれ! 早くしねえとぶちのめすぞ!」
看守たちは俺を見ると、一瞬固まった。
よし、俺様はノーザンシティのエースだからな。
怖じ気づいたに違いない。
と思いきや、ものすごい勢いで怒鳴ってきた。
「あ゛あ゛!? 騒いでんじゃねえよ、ジジイ!」
「魔族と手を結ぶとか、ありえねえだろ! 何考えてんだ!」
「死ぬまで後悔するんだな! ギャハハハハ!」
ひとしきり俺を罵倒すると、看守たちはどこかへ行ってしまった。
呆然とする意識の中、今までの出来事が走馬灯のように思い浮かんでくる。
どこで、俺様は間違えたんだ。
全てうまくいけば、今頃世界中は俺様の物だったのに……。
残ったのは年老いた身体だけ。
――いや、こんなことになるんなら……世界征服とか考えずレイク・アスカーブに全て話して、みんなで三大魔卿を倒せば良かったじゃないか。
鉄格子を舐めながら、いつまでも後悔していた。
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