推しを宣伝するための、たった一つの冴えたやり方

@yayuS

第1話

 押田おしだ 克弥かつやは、地元では名の知れた定食屋で生まれた。その定食屋は『トンカツ』が絶品だと評判で、そのことに誇りを持った父が我が子に『カツヤ』と付けたのだった。


 小学生だった克弥は、父親から聞いた名前の由来を、面白いと皆に自慢して回った。だが、子供にとって面白いは『揶揄からかい』であって『攻撃』の対象になることを克弥は知らなかった。子供は純粋で無垢だ。

 その日から克弥は、『アゲモノ』『ブタ』と馬鹿にされる日々が続いた。最初はあだ名。次第に克弥への態度はエスカレートしていき、最終的には『アゲモノ菌』が移ると無視されるまでになっていた。

 小学生にとってクラス全員から無視されることは、耐えられることではない。

 気付けば克弥は学校に行かなくなっていた。





 克弥が不登校になってから何年も経過していた。中学、高校と学校に通うことをしていなかった克弥は、目的もなく、アニメやゲームを惰性で消費するだけの日々が続いていた。

 そんな克弥を両親は責めることもしなかった。


「最終的に、この家を次いでくれればいい」


 毎日、少し定食屋での仕事を手伝えば不登校は許して貰えた。それどころか、手伝いに応じて小遣いまで手にすることができた。


 常に懐の温かい克弥は、引き籠りにとって最適な環境を創り上げていた。

 二台のモニターでゲームとテレビを同時に表示させて時間を潰していると、克弥の耳に残る音が流れてきてた。どうやら、テレビから流れてきているようだ。

 握っていたコントローラーを手放し、画面に集中する。テレビで流れていた番組は、お笑い芸人が集まって様々な企画を行っていくバラエティだった。

 克弥が気になった『音楽』は番組のエンディングで流れていた。


「これは……」


 克弥は流れていた歌詞に胸を打たれた。その曲はラブソングだった。恋愛なんてロクにしてこなかった克弥に刺さる筈もない。それでも、サビ前のワンフレーズだけが、深く、まるで欠けていた自分の感情を埋めるかのように突き刺さった。


『どうでもいいと笑うより、届かなくても泣いていたい』


 どんなことでも「俺とは関係ない」と、どこか自分の世界に逃げていた克弥にとって、泣いてでも縋るんだと唄う歌詞。

 気付けば克弥は、バンド名を検索していた。

 バンド名は『フランツ』。

 四人体制のバンドだった。販売しているCD情報などを調べていく中で、克弥はある情報を目にした。それは、ボーカルが小学生から高校までの期間、引き籠りだったと云う内容だった。自分と同じ境遇で、ここまでストレートに感情を出せている『フランツ』に、克弥は一気に引き込まれていった。





 克弥がバンド『フランツ』に嵌ってから、一年が経過していた。相変わらず家の手伝いのみの生活だったが、一つだけ変わったことがある。それは、『フランツ』のライブに行くようになったことだった。

『フランツ』の戦場は小さなライブハウス。ワンマンライブをやる機会も少なかったが、近くで演奏姿を見られる環境が克弥は好きだった。


 春だというのに夏のように熱い日だった。いつものようにライブ会場に足を運んだ克弥は、衝撃の事実を『フランツ』の口から聞いた。

 『フランツ』は改名し、新たな名前で活動していくのだと。それだけならば、まだ、気にすることもなかっただろう。だが、彼らが改名後に発売すると演奏し始めた曲は、これまでと違い、ポップで明るい曲調に変わっていた。

 今風になったというべきか。


 勘のいい人間なら何が起こっているのか察するのは充分だ。このままでは、『フランツ』が無くなってしまう。推しが消えてしまうと考えた克弥は、その日の夜、どうすれば昔の『フランツ』が残るのか考えた。


 変わるのは売れないから。

 ならば、売れればいい。

 どうすれば売れる?

 曲はいい。歌詞もいい。足りないのは宣伝力だ。

 なら、多くの人に知ってもらうにはどうすればいい?

 発信力のある人に紹介して貰えばいいんだ。

 でも、有名人に宣伝を依頼できるほどのコネは、引き籠りの克弥にはない。そこまで考えた克弥はとある結論に至った。


「俺が有名人になればいいんだ」


 今の世の中は、誰もが有名人になれる可能性を秘めている。

 動画投稿者。

 作家。

 イラストレーター。

 克弥は片っ端から可能性があることを試していった。だが、書いた文章は誰にも読まれず。描いたイラストに付いたコメントは「幼稚園生の落書き」。自分には才能がないんだと諦めていた克弥だったが、顔を隠して投稿した動画配信だけは、多くの人に見て貰えた。


「これだ!!」


 克弥が投稿した動画の内容は、『揚げ物屋の息子が、色んなモノを揚げてみた』という企画だった。その辺で売ってるお菓子や、ポテトチップに衣をつけて揚げることが受けたのか、中々に良い反応だった。


「この調子で行けば……!!」


 克弥は動画配信者になることを決意していた。このまま、人気を手にして『フランツ』を宣伝するんだ。克弥はその後も、次々に動画を編集しては投稿していった。

 だが、調子がいいのは最初に投稿した一本だけ。後は二桁にも満たない再生数だった。


「なんでだ……?」


 なんで誰にも見られないのか?

 克弥は少しでも打開しようとネットで検索を始めた。

 同じような経験をしている人間は多いのだろう。『多くの人に再生して貰えるには?』と、いくつもサイトがあった。

 記載されている内容はどれも同じだった。

 重要なのは、『流行り』と『自分らしさ』。

 克弥は、今、動画配信では何が人気なのか、有名投稿者達の動画を片っ端から見始めた。

今の流行りは、一万円でどれだけ食べれるかという内容。ファミレス、居酒屋、遊園地の出店まで。大げさなリアクションを取りながら、楽しそうに食べていく。


「なるほど……。頑張れば誰もが真似できるけど、手は出しにくい。だから、動画で『やった気』にさせるんだ」


 次に取る企画は決まった。後は何で一万円分の食事をするのか。今更ファミレスや居酒屋の店を変えたところで、人気が出るとは思えない。自分の強みを生かさなければ。

 克弥はこれまでに投稿した自分の動画を分析していく。とは言っても人気が出たのは最初の『揚げた』動画だけ。


「……これが強み? 自分らしさなのか?」


 定食屋の息子。

 それが強みになるのではないか。試しに克弥は『揚げ物一万円分食べてみた』と言う動画を取った。


「ま、マジか……」


 投稿した動画の再生回数は四桁を超え、もうすぐ次の桁に辿り着きそうだった。自分のやり方は間違っていない。確信した克弥は『揚げ物』と『流行り』を取り入れた動画を毎日のように投稿していった。

 その甲斐あってか、登録者数は徐々に増え始めた。もう、『フランツ』の宣伝をしてみてもいいのではないかと、考え始めたころ、克弥のメッセージには否定的な内容が寄せられるようになっていた。


「またパクリか」「自分がないのか」「流行りの揚げ物屋」


 本来ならば克弥は気にする必要がない。克弥の目的は『フランツ』の宣伝であって、動画配信者として名を売るのは手段でしかない。

 手段でしかないはずなのに……その言葉に落ち込んでいる自分がいた。メッセージを送らないだけで、他の人も似たようなことを思っているはず。現に、登録者数のスピードは落ち始めていた。


「やっぱり、一番、早いのはコラボすることか……」


 既に地位を獲得した動画配信者とコラボすれば、一気に名は売れる。もっとも手っ取り早い売名行為だ。克弥は自己紹介と大好きな『フランツ』の曲のURLを張り付けて、依頼のメッセージを送る。しかし、克弥のような人間は大量にいるのだろう。有象無象は紛れて消えていくだけ。克弥の依頼に返事は一切なかった。


「くそ……。何をすればいいんだ」


 動画配信を諦めて、次の方法を模索するのか。そう考えているはずなのに、克弥は何故か、毎日投稿を続けていた。

 そんなある日のこと。

 克弥は人気配信者の作品を参考にしようと、更新された動画リストを眺めていると、一つの『歌ってみた』が目に入った。サムネイルに書かれているアーティストの名前は『フランツ』。

 克弥がコラボ依頼で送った曲だった。


「まさか……。僕の行動が……?」


 慌てて克弥はメールボックスを開くが返信はない。たまたま、その人が『フランツ』を好きだった可能性もある。

 その答えは分からない。

 だが、間違いのない事実が二つだけある。


 一つはそれがきっかけとなり、『フランツ』は、音楽番組では必ずと言っていいほど呼ばれるようになったこと。

 ネットでバズって一躍人気者にと云うシンデレラストーリーは、世間で受けているようだ。


 そして、もう一つ分かったこと。

 それは、克弥は動画配信が好きだということだった。目的であった『フランツ』の宣伝は叶ったが、それでも克弥は動画を作ることを辞めなかった。

 いつしか、宣伝するための手段だった筈の動画配信が、目的へ変わっていた。

 だから、今日も克弥は動画を取る。


「次は、自分を推さないと」


 新しい推しのためにも。

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