第8話 魔法少女に眠ったままのまち(2)

「魔法少女は、魔法の行使によって奇跡を起こす存在ピコ。アメが意思を持ってそれに触れれば、奇跡はおのずと起きるはずピコ」


 さあ、とぴこぴに誘われるままメリーゴーランドに近づく。

 華美な鞍で装飾された作り物の白馬は、片脚を振り上げ今まさに走りださんとしたままで固まっていた。

 ……太く丈夫そうな、そのくびに触れる。


「……何も起こらないけど」

「……うーん、もしかしたら魔法少女の姿にならなきゃいけないのかもピコ」


 ビル倒壊に巻き込まれた時以来、正式契約後初めての変身だ。

 

「えーと……」


 私が照れくさそうにしていると、ぴこぴは察した様子で先に述べる。


「私のあとに続くピコよ。

 二十五時の鐘、鎮魂の楔────」

「それ毎回言わなきゃいけないの?」

「当たり前ピコ! 変身詠唱は魔法少女の特権ピコでしょうが!」

「りょ、了解です……」


 この前は緊急事態だったから迷いなく言えたが、そうでない時では少し気恥しい。

 まずはこの文言になれる必要がありそうだ。


『二十五時の鐘、鎮魂の楔、羊の手をひいて唄う。汝、朧月夜の影。

 ────供献花レゾナンス!』


 ぴこぴに合わせて詠唱を言い放つ。

 すると私の掌に真紅色の粒子が集まり、椿の花を象った。それを掴むと、魔力の粒子は私を包み込み────

 やがて、ゴシック&ロリィタの魔法少女が顕現した。


「魔法少女姿のアメ、やっぱりイケてるピコねえ~」

「センキュー」


 両手でカメラジェスチャーを取るぴこぴを横目に、もう一度白馬に触れる。


「念じるピコ! 直に魔力を送り込むイメージピコ!」

「むむむむ……」


 動いて、と思いを込める────瞬間、メリーゴーランドは絢爛に輝き、ゆっくりと回り始めた。それに合わせていかにも遊園地園内ですといった、メルヘンな音楽が鳴り響く。

 眠ったままのまちに、微かにだが光が灯った。


「……動いた!」

「すごいピコ!」


 しかし感動も束の間。

 二歩三歩と脚を進めるや否や、ゆっくりと白馬の歩みは止まってしまった。


「あれ……」


 装飾照明の灯りが落ちて、音楽は鳴りやみ、メリーゴーランドは瞳を閉ざす。

 まるで時間が止まってしまったかのように。まちは再び、夜の一色に包まれた。


「やっぱり……ピコか」


 ぴこぴは納得したように、腕を組み黙り込んだ。私は訳が分からず問いかける。


「どういうこと?」

「アメの……魔法少女の力が、どうやら不安定みたいピコ。私の魔力供給が上手くいってないのか、はたまた別の理由なのか。原因は分からないけど、上手く魔法少女の本来の実力を発揮できてないみたいなんだピコ」

「もしかして……私、魔法少女の才能ない?」

「いや……」

「……ようやく頑張ろうって思えたから、もしそうだったらちょっと、落ち込む……」


 ぴこぴの錯覚シールが上手く発動しなかった時も、今だってそうだ。

 分からないけど自分の未熟な何かが、魔法の邪魔をしてしまっているんじゃないかという不安が、頭の片隅にずっとあった。


 自分が嫌になる。

 覚悟を決めて、やっとなることができた魔法少女。夢物語の存在。

 なのに私はその詠唱すら恥ずかしがっていた。


 少しすれた私は、漫画やアニメで目にする、魔法少女に選ばれる人物像とはほど遠い。

 活発で人に好かれ、優しく責任感のある、けれど夢見がちな彼女らとは、似ても似つかない人格だ。


 ……自分は魔法少女に向いていないのではないか。

 そんな疑念に蓋をして、今も魔法少女の姿に換装している。高揚感、好奇心。それ以外は考えないように。

 私なんて、ただの学生生活も真っ当に過ごせず引きこもっていたような人間だ。困っている人々を助ける役目を背負うなど、どの口で言えただろう。

 薄く嫌っていた自分の弱い部分が、今になって浮き彫りになる。不真面目に生きることで、見ないようにしていた部分を、改めて直面させれる。


 ……私は自分が誇れない。

 視界が狭まる。

 頭が重い。心が翳る。

 ……仄暗い感情に支配されそうになる。

 ──瞬間に両手に伝ったのは、ぴこぴの柔らかな手のひらの感触だった。


「────ごめん! 考えごとしちゃって生返事しちゃったピコ!

 アメには魔法少女の才能があるピコ! これはぜったい、ぜったいに嘘じゃないピコ!」

「ぴこぴ……」

「力が不安定なのはたぶん私のせいピコ! いや、分かんないから二人のせいってことにしてほしいピコ。私とアメのせいってことに一旦したいピコ……すみませんが……」


 次第に声が小さくなっていくぴこぴ。それが気づかいの言葉だとしても、二人のせいにするという言い回しは、暗くなった私の胸中を照らしてくれるものだった。


「ありがと、ぴこぴ。ごめん……急に落ち込んじゃって」

「そういうときもあるピコ! 私もしょっちゅうピコよ。

 それに……魔法少女の力なら、72の人助けを進めていくうちに強くなっていくはずピコ! ここから無敵の魔法少女になっていけばいいピコ。今日は帰って休んで、明日から魔法少女活動、本格始動ピコ!」

「……うん!」

「アメ、大変かもだけど頑張れるピコか!?」

「頑張れる……!」

「えらいピコ!」


 ぴこぴは持ち前の明るさで、私の不安を一蹴してくれた。


 私は魔法少女を頑張りたい。誇れない自分を変えたいと思う。

 後ろめたくない生き方を、私は今日から歩き出したい。


 

 遊園地を去る時。ぴこぴがこちらを覗き込み、こう言った。


「アメ。言い忘れてたけど、魔法の存在を本当に信じている人間にしか魔力は宿らないピコ。その時点でアメには才能があったピコ。

 ……あと、私はアメが魔法少女になったら素敵だと思ったから、誘ったピコ。アメなら大丈夫ピコよ」


 元気づけようとしてくれたのだろう。泳いだ目で気恥ずかしそうに話すぴこぴは、優しいやつだ。

 その言葉が本心からのものであると、今夜は信じてみることにした。


「……ふふ。ありがとう、ぴこぴ」


 柔らかな夜風が肌を撫でる。月明かりだけの夜道をゆく。

 いつかこの遊園地を、眠ったままのまちを、私の魔法で目覚めさせてやろう。

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