「河原の夢」

低迷アクション

第1話

「社会人になって、数年経った頃ですかね?」


社宅に住む“B”がこんな話を聞かせてくれた。


「何もない河原に立ってる夢を見るようになりました」


霧が濃いその場所は、視界も不明瞭、しかし、なにか大勢の者が犇めく気配のする場所だと言う。


「音が無いって言う訳ではありません。最初に見た晩は聞こえにくかったけど、その内、

ハッキリしてきてましてね。猫ですよ。猫…でも、違った」


それは赤ん坊の泣き声だった。


「音の正体に気づいた途端、大合唱、騒音張りに聞こえる夢を毎晩見ました。それだけじゃなくてね」


Bの感じる薄ら寒さや怖気に関係なく、夢はどんどん変化していく。


「靄が掛かった地面を黒っぽい影が這ったり、歩いたりするようになってきて…皆、

私に手を伸ばしているんですよ。多分、何かに追われていたんだと思います」


やがて、夢の中での、自分の立ち位置もわかってきた。


「私は地蔵なんですよ。等身大の大きさのね。やっとわかりました。賽の河原です。

私の夢の舞台は…別にあの世とかに興味があるって訳でもないし、映画とか小説を観ても

いないんですけど…ましてや、地獄なんてね…」


Bの理解に合わせるように、夢は佳境を迎えていく。


「子供の影より、明らかデカい奴等が、子供達を追い回すようになっていったんです。

彼等はあれから逃げていたんです。多分、鬼だと思います」


子供の影は鬼の影に捕まると、霧の向こうに連れていかれる。その時には、河原の泣き声が一際大きくなった。Bの夢の中では、この光景が何晩も繰り返された。


「別にどうでも良かったんですけね。所詮、夢だし…でも、あの時は違ってて…」


もう、何度見たかわからないある夜の夢の事…


「いつもより、近くに、私のすぐ足元まで辿り着いた子がいたんです。救いを求めるように小さい手を、出来るだけ高く上げ延ばしてね。でも、鬼が来て、すぐに抱えました。


奴さん、こちらを一瞥して、何事も無かったように立ち去ろうとしやがった。


そこで気づきました」


“俺、地蔵だろ?”


「困っている人達の支え、救いにならなきゃいけないのに、今まで何、傍観面してたんだってね。馬鹿な話です。自分に火の粉が降りかかんなきゃ問題ねぇ、そんな、対岸の火事気分で世の中見るのに慣れてました。夢の中ですらですよ?ホント情けねぇ…」


“おいっ!”


「デカい声出しました。鬼がビクッってなって、こっち向いて。そりゃ、そうですよね。

地蔵が吠えたんですもん。


子供取り落としました。しっかり掴みましたよ。危なっかしいくらいに、柔らかくて、落としそうになりましたけどね。離しませんでしたよ…そこまで石がアクティブにって?夢ですもん。細かい事は関係なし、関係なし!


そしたら、初めてです。子供達の笑い声が河原に響きわたりました。いやぁ、久しぶりに良い朝を迎える事ができました」


夢を見る事は無くなった。Bは近々、社宅を引っ越す予定がある。


「嫁さんに子供が出来ましてね。長い事、治療やってたおかげだと思います。夢は関係ないです…でもね…」


一旦、言葉を区切った彼は、とても良い笑顔で最後を締めくくった。


「次も絶対、離しません。絶対に」…(終)

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「河原の夢」 低迷アクション @0516001a

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