【KAC20222】イケボの生徒会長に突然「付き合って」と言われたら

狐月 耀藍

イケボの生徒会長に突然「付き合って」と言われたら

「僕は君の第一のファンを自認しているんだ。君は言ったろう?君の瞳の美しさを、誰も言ってくれなかったと。だったら、君のよさに最初に気づいた僕は、君の素敵なところを広める義務がある」


 そう言って先輩は笑った。


「ユキには胸を張って、笑顔でいてほしいから。僕の彼女として」




  ―― ◆ ◇ ◆ ――




優妃ゆき! アンタまたそんなとこで本読んでんの?」


 ……まただ。

 また、明香音あかねさんが、私に声をかける。


明香音アッキー、声かけてやるなよー! 陰キャは一人でいるのが好きなんだしさァ!」


 けらけらと笑ういつものグループ。

 私は昼休みの時間、好きな本を読んでいるだけなのに、どうしていつも、意地悪な声をかけてくるんだろう。

 ため息とともにずれた眼鏡を、かけ直す。


「えー? 声かけてやんなきゃカワイソーじゃん? 担任も言ってんじゃん、みんな仲良くしろよーってサ!」

「あー! その棒読み、めっちゃそっくりー!」


 笑い声が耳に痛い。この教室の窓辺は、明るすぎること以外は、暖かくて本を読むのにとてもいい場所だと思ったのに。


 いたたまれなくなった私は、本を抱えて席を立った。背中に、「やっといなくなった、座ろ座ろーっ!」という言葉が、爆発した笑いが突き刺さる。


 胸がざわりと痛む。

 無理に押し殺して、教室を出ようとしたときだった。


「下級生の教室に上級生が顔を出すのはマナー違反だと分かっているが、すまない、こちらの教室に――」


 扉が開け放たれたドアから、男子生徒の横顔がぬっと教室に入ってきた。

 ボタンを外したブレザーの、胸のネクタイの色から、三年生だと分かる。


 その瞬間、教室の女の子たちが一斉に悲鳴を上げる。


「え、なになに! 生徒会長じゃん!」

「タクマさま!? なんでウチのクラスに!?」


 私もびっくりする。

 霧坂きりさか琢磨タクマセンパイ――

 うちの学校の、生徒会長。


 最近のアニメ――たとえば「文豪ストレイキャット」の「太宰だざいひろし」とか「鬼殺の剣」の悪役「童魔どうま」役の声にそっくり、と言ったら、伝わるだろうか。

 その声で新年度、新学期の生徒会の抱負を語ったときの、女の子たちの大騒ぎといったらなかった。先生たちが何度、静かにしろと怒鳴っただろう。


 その声を、目の前で聞かされたのだ。生徒会長なんて私とは無縁の人だ――そう分かっていても、その声にどきどきしてしまう。


 生徒会長は女の子の悲鳴に少し、しかめ面をしてから、気を取り直したように教室の中心に向かって声をかけた。


阿江賀あえか優妃ゆきさんは、こちらの教室だと聞いたんだけど?」


 ざわっ。


 視線が一気にこちらに集中したのが分かる。

 思わず一歩、後ずさってしまう。


「カイチョー、すぐ左隣にいますよ」


 のんきな男子の声。

 ――どうしてそこで空気を読んでくれないの?

 女の子たちの視線が、ものすごく痛いのに。


「……本当だ! 阿江賀あえかさん、ずっと探してたんだよ! 付き合ってくれないか?」




「……はい?」




 しばらく、タクマ先輩その言葉の意味が理解できなかった。

 そして私の間抜けな返答で、教室が沸騰した。

 阿鼻叫喚の悲鳴というのは、このことをいうのだろうか。


 上機嫌なタクマ先輩に手を引かれて、私は教室から引きずり出された。




「すまない、あまり時間がないから、歩きながら聞くんだけど」


 下級生が、同級生が、上級生が、――特に女子が、私たちを見ては振り返る。けれどタクマ先輩は全く気にしない様子で、私の手を引きながら質問をしてきた。


「以前、生徒玄関でぶつかったこと、覚えてるかい?」


 ――覚えている。当然だ。こんな人にぶつかられたのだから。


「あのとき、僕、君が落とした眼鏡にうっかり手をついちゃっただろう? ほら、ここで」


 連れられてきたのは、生徒玄関。校庭からは、昼休みを利用して外で遊ぶ生徒の声が聞こえてくる。今日はたまたまなのか、玄関には誰もいない。


 ここで、大きな柱の影から出てきた先輩とぶつかったんだ。


「あのとき、君は逃げるようにどこかへ行ってしまったから聞けなかったんだけど、もしあのときケガをしていたり、眼鏡を傷めていたりしたら申し訳ないと思って。大丈夫だったかい?」


 心配そうな顔で問われて思わず、大丈夫です、と答えてしまう。

 本当は怪我こそなかったけれど、あの時以来、眼鏡のフレームがどこか歪んでしまったみたいで、眼鏡がずり落ちやすくなってしまった。

 だから、最近はしょっちゅうかけ直してる。レンズが割れたわけでも傷ついたわけでもないから、親には言えてないけど。


 そう思っている間に、眼鏡がずれていることに気づいて、かけ直す。――が、またずれてしまった。


「……ひょっとして、眼鏡、壊してしまったのかな?」


 タクマ先輩が手を伸ばしてきたので、思わず大丈夫ですと後ずさりし――ようとして、背中にひやりと固い壁――コンクリートの柱にぶつかってしまったことに気づく。


「……ちょっと、みせて?」


 先輩の顔が、近づく。

 先輩の指が、髪に触れる。

 思わず身を固くして目を閉じる。

 さらり――髪をそっとやさしく避けるようにして、眼鏡のフレームをつまんだのが分かる。


 そっと目を開けると、先輩は眼鏡をあちこち眺めていた。


「ごめん、よくずれるんならきっと僕が――」


 先輩はその手を止めて、言いかけて、そして。

 眼鏡を取った私の顔を、まじまじと見つめた。


「……阿江賀あえかさんって、すごく、きれいな目をしてるんだね」


 ――反則だと思う。

 どうしてその胸がしびれる声で、整った顔で、こんなにも近い場所で、そんなことを言えるんだろう!


「そんなこと、ないです。誰にも言われたこと……」

「そうなのかい? すごくきらきらして、綺麗だよ。どうして誰も――いや、気づくことができた僕は、ものすごくラッキーなのかな?」


 どうしてそんなことを、さらっと口にできるんだろう!

 先輩が女の子の間で人気がある理由は、きっとコレだ!


「でも、ごめん。もし眼鏡を直すなら、教えてほしい。弁償するから」


 そう言って先輩は、眼鏡を返してくれた。


「昼休みなら、大抵は生徒会室にいると思う。何かあったそっちに」


 言い残して行ってしまおうとする先輩を、私は思わず呼び止めた。

 先輩が、微笑みながら「なんだい?」と振り返る。


 こんなことを、自分から聞くのはためらわれた。

 けれど、どうしても確かめたくて声を振り絞る。


「わ、私、先輩の、……か、彼女に、なったんです、か……?」

「……え?」


 先輩が固まった。


「どういうことだい?」


 ――どういうことって、どういうこと?


「だって先輩、さっき、『付き合って』って――」

「うん、だから今、『ちょっと付き合って』もらったよね?」


 ――先輩! その二つじゃ、全然意味が違うよ!


「ごめん、もしまだ話があるなら、放課後でいいかな? 僕、今度のスポーツレク大会のことで副会長と打ち合わせがあって、もう行かなきゃならなくてさ」


 私は、肩の力が落ちた思いだった。

 ――そういえば、副会長とイイカンジって噂、聞いたこと、あったっけ……。

 



 そして、教室はその日から針のむしろになった。




 あれから一ヶ月。

 ずっと嫌がらせが続いている。

 今日は、どこかに隠された靴を探していた。


 涙でぼやけた視界の中で、ごみ箱の中を確かめていた時だった。


「どうしたんだい?」




「……絶対に許せないな」


 結局、わざわざごみの奥に隠されていた靴を探し当ててくれた先輩は、噛みしめた歯をぎりっと鳴らした。


「や、やめて先輩……。先生に相談してもこうなの。もう、これ以上酷くなってほしくないから……」


 元はと言えば、ただの「ちょっと顔を貸してくれ」という意味でしかなかった「付き合って」という先輩の言葉が、クラスの女子――いまでは学年の女子に広まった結果だ。


 あれから、何度も先輩と話す機会があった。途中まで一緒に帰ることになった日も、何度もあった。

 そのたびに、胸がどきどきしてたまらなかった。


 けれど、私はあくまでも知り合いでしかないのは、この前の生徒玄関でのやりとりで分かってる。


 そして、その積み重ねで、私は今、こんなことになってる。


 先輩と関わればまた嫌がらせを受ける――そう分かっていても、先輩のぬくもりに触れられることが嬉しくて。

 ――その声を間近で聞くことができるだけで、私は。


「でも、君は今日、話してくれたんだ。傷ついていることを。それをそのままになんてしておけない!」


 先輩の腕が、私の背に回る。

 ぎゅっと、力強く。


 ああ、あたたかい。

 涙がこぼれそうだった。

 もう、このまま死んでもいいかもしれない――


 そう思った時だった。


「……あれ? タクちゃん、どうしたの、その子」

「ああ、マキちゃん。実はさ……」


 副会長! 先輩の彼女って噂の――!


「この子、前に僕が言ってた、僕の彼女なんだけどさ。それが原因で嫌がらせされてるみたいで」


 ……はい?




「ちょうど人権キャンペーンが始まったし、堂々とカノジョさんの『良いとこ見つけ』できるよね。やっちゃえよタクちゃん」

「ありがとうマキちゃん。ナイスアイデアだった」


 よく分からないまま、何か、二人の間で決まったらしい。


「先輩の彼女って、副会長じゃ……」

「マキちゃんかい? 彼女は幼なじみだけど――」

「私にも彼氏はいるんだよ?」


 副会長が笑う。

 先輩は、私の顔を上からのぞき込むようにした。


「そんなことより、僕、まだ彼氏になれていなかったってこと?」


 ……だって! 私はてっきり、先輩は副会長と――


「そうか、誤解させてたのは悪かった。でももう、分かってくれたよね? 明日から、僕の推し活が始まるってわけだ。君の良さを、全校に広めてやろう」

「そんなことしたら――」

「こういうことは、大っぴらの方が効果があるんだよ。それに――」


 そう言って、先輩はニッと笑った。


「僕は君の第一のファンを自認しているんだ。君は言ったろう?君の瞳の美しさを、誰も言ってくれなかったと。だったら、君のよさに最初に気づいた僕は、君の素敵なところを広める義務がある」


 先輩はまた笑った。

 私をその腕で力強く抱きしめて。


「ユキには胸を張って、笑顔でいてほしいから。僕の彼女として」

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