第6話 sideエリナ10

 お父様のような立派な商人になりたい、それが私の幼い頃の夢だった。

 サーマルディア王国王都サーマルを拠点とした小さな商会の跡取り娘として生まれた私が憧れたのは、同じくらいの女の子達の憧れの的であったお姫様や貴族令嬢ではなく、農民達のためにと必死に働く自身の父親だった。当時はまだ、吹けば飛ぶような小さな商会であったが、私は父親が経営するこの商会が大好きであった。気付けば自分から父親の仕事の手伝いをするようになり、少しでも商会のためになるならと自分で計算の勉強もした。毎日必死に頑張った結果、私は20歳という若さにして商会を王国の中でも5本の指に入るレベルにまで成長させた。

 これは自分の事ながら、とてつもない記録であり、私は生まれは平民の身でありながら、伯爵夫人にまで成り上がった。

 だが、この先最低でも100年は破られないだろうと言われていた私の大記録は、一瞬にして塗り替えられた。他でもない、自分の息子によって。

 レオルドは、生まれた時から異質な存在であった、新しく教える事は全てまるで最初から知っていたかのように吸収していき、おそらく彼が10歳になる頃には体格を除くほぼ全ての能力で私は完全に抜かれていた。もちろん、嫌な気持ちは一切ない、むしろ私は自分がレオルドの母親である事を誇りに思っていた。もしかしたら、お父様も同じような感情を私に抱いていたのかもしれない。


 そして今日、レオルドは新たな挑戦を完成させた。


「いかがでしょうか、お母様」


「いい眺めですね・・・・・・」


 今日は久しぶりの、2人きりでのお出かけの日であった。もちろん護衛はいるが、今は私たちの目が届かないところにいてもらっている。


「メインは電波塔としての役割を担ってもらう予定ですが、途中に展望台を設置して観光スポットとしても利用できるように設計されております。」


「確かにこれは、一度登りたくなりますね・・・・・・」


 私の息子であるレオルドは、電波を利用した通信を行うにあたり、その基地局となるような電波塔の建設を行った。高さ334m、それは2位以下に大きな差をつけて世界最高の建造物となった。どうしてこんな中途半端な数字になったのかは教えて貰わなかったが、展望台からでもシュヴェリーンの街並みを一望できるほど高く、それはそれは美しい光景であった。


「ここから、バビロン宮殿やシュヴェリーン駅なんかも見えますね・・・・・・」


「バビロン宮殿を上から見下ろすのは何だか新鮮ですね、お母様。」


「そうですね・・・・・・」


 私は思わず、目の前に広がる景色に心を奪われた。最初に訪れた時は、どこにでもある小さな町でしかなかったシュヴェリーンが、全く別の都市へと生まれ変わっていた。何もなかった草原には、ビルやマンションが立ち並び、世界一の都市に相応しい景色となっていた。これほど活気に溢れた都市は、おそらく大陸でもこことテラトスタの2つぐらいしかない。

 この鉄塔は、電波塔としての役割を担うと同時に、シュヴェリーンの素晴らしいさを訪れた人に見せつける事ができる。電波塔としての役割の重要性は正直なところ私には理解できないが、この塔が持つ観光スポットとしての役割はよく理解できた。例えばバビロン宮殿、完成するまでは用事もないのにわざわざ領主館に観光に来る者は居なかったが、完成してからは毎年100万人近い観光客がバビロン宮殿を訪れるようになった。

 私の息子であるレオルドは今回の電波塔を建設するにあたって、シュヴェリーン内の通信の基地局としての役割を与えるだけでなく、シュヴェリーンの代表的な観光スポットとしての立ち位置を与えると同時にハーンブルク領の技術力を世界に見せつける事にも成功したのだ。

 この場所からは、シュヴェリーンでしか見られないビル群や独特の街並みが一望でき、その上地下鉄が乗り入れているので気軽に訪れる事ができるのだ。もちろん、この場所に目を付ける商会や企業は多く、すでにここ周辺では地価が高騰し、土地や利権の奪い合いが起こっている。


「この光景を見れば、レオルドが提唱していた町があるところに駅を作るのではなく、駅があるところに町ができるいう意味がよくわかりますね。」


「駅ができれば、そこには飲食店やオフィスビルが立ち並びますからね。人と物の流れを上手くコントロール出来ていると思います。」


「まさにその通りですね。」


 シュヴェリーンに住む人々の移動手段のほとんどは地下鉄であり、地下鉄は人々の足となっていた。それによって、自然と駅の周りに繁華街やオフィス街が形成されるようになった。これは、シュヴェリーン以外の都市でも同様の事が起こっており、テラトスタやリアドリアといった主要都市では次々と地下鉄の建設が行われていた。完成すれば、これらの都市は新たな都市へと生まれ変わるだろう。


 都市が発展するにつれて、私の生活にも変化が訪れていた。

 増え続ける一方であった政務の量が、少しずつ減少傾向になっていた。これはもちろんいい事だ。頼りにされなくなったというわけではなく、頼りになる仲間が増えたという事だからだ。

 だけど同時に、私の心には深く刺さった。


「私はこれから、何をすべきなのでしょうか・・・・・・」


 気づいた時には、声に出していた。成長したシュヴェリーン、そしてハーンブルクを見て、新たな時代が到来した事が、嫌になるほどよくわかった。

 私はこのまま、使われなくなった道具のように、用済みになるのだろうか・・・・・・。

 時代の移り変わりを見て、ふとそのような事を考えてしまった。


「まだまだ現役、ですよお母様。」


「え?」


 思わず振り向くと、レオルドは空の向こうを、いや未来を見ていた。


「お母様が気付いていないだけで、お母様を必要としている人はたくさんおられますよ。」


「レオルド・・・・・・」


 レオルドは、私の気持ちに気が付いていた。そして、私が聞きたかった言葉を言ってくれた。


「何も迷う事はありません。堂々と、これからも未来だけを見て下さい。」


「はいっ!」


 ________________________

 どうでもいい話

 信号変わるの待っていたら、後から来た人が押しボタン押した。

 めっちゃ恥ずかしかった・・・・・・

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