第5話 開発

 何かが吹っ切れた気がした。心の奥底に隠れていたつっかえが取れて、ヘレナとの距離感がより深まった気がした。話し合いの結果、俺はヘレナの考えに従い、イレーナやクレアといった他のメンバーにも転生者である事を打ち明けた。不安や緊張はもちろんあったが、彼女たちはすんなりその事実を受け入れてくれた。

 まぁ、転生者といっても前世の記憶が完全にあるわけではなく、最も肝心なことは何も覚えていない。言うなれば、記憶喪失に近い状態だろうか。俺は、自分自身のことは名前や顔すら覚えていないし、家族の事も何一つ覚えていない。あるのは、アイを通して獲得したと思われる膨大な科学の知識だけだ。

 それに、今の生活には十分満足しているし、不便なことは何一つない。今更、過去の自分が何者であったかなど、どうでも良いことに思えた。きっと、年を重ねるにつれて、その辺の感情はごっそりと抜け落ちているのだろう。


「だけど、アイについては、知っておかなきゃって思うんだよな。」


【私の事、ですか?】


「あぁ、なんでかはわからないけど、そんな気がするんだ。」


【・・・・・・いずれ分かると良いですね。】


 どうしてこう思ったのかは皆目見当もつかない。だけどなんとなく、それが俺に必要な気がした。

 俺はその日、これからは後継者の育成に並行して、アイについてよく知る事を心に誓った。

 レンの育成計画が空想段階から実現可能段階に移り変わろうとしていた頃、ハーンブルク連邦は世界に向けて、世界平和宣言を発した。

 内容としては、今後ハーンブルク連邦は一切の侵略戦争をしない事と、世界統一同盟加盟国が不当に攻撃を受けた場合、ハーンブルク軍が報復攻撃を行うことを約束した。

 この声明には二つの意味が込められており、単純にハーンブルク連邦や世界統一同盟加盟国の国民に対して、ハーンブルク連邦は平和のために最善を尽くす事を約束するという意味と、ハーンブルク連邦の敵となり得るような国家や民族、宗教はもはやこの大陸には存在しないという意味が込められていた。この宣言は、ハーンブルク連邦は世界の絶対的な覇者であることを象徴づける内容でもあった。

 そしてもう一つ、リーシャやフィーナと約束した通り、ハーンブルク連邦は世界の警察となることを世間に向けて発表した。世界平和宣言にも同じような事が書かれていたが、あえて別で宣言しておいた。こちらの方が、インパクトが大きいからだ。俺の言葉、多くの人の心に届くだろう。



 *



 と、このような堅苦しい話と並行して、ハーンブルク研究所では現在、文字通り世界をひっくり返す夢の装置の開発が急ピッチで行われていた。

 それは、たくさんの人口を抱え、世界経済の中心であるハーンブルク連邦にとって、とてもありがたい物であった。


「元気にやっているか?」


「はい、おかげさまで最高の設備と人材が揃ったこちらの研究所で、日々楽しく研究させていただいております。」


「それはけっこう、では早速例の機械の進捗を見せてもらおうか。」


「はい、ただいま。」


 研究室に顔を出すと、いつもの汚れた白衣を着たアインが出迎えてくれた。今回の研究もアインを中心としたチームで研究開発を行わせており、300名ほどの超エリート集団が力を合わせて開発を行なっていた。


「こちらが、試作機の中で最も上手くいった機体でございます。」


「これが・・・・・・」


 アインはそう言うと、覆い隠すように被せてあった布をどかした。すると中から、冷蔵庫1つ分ほどの大きさの巨大な機械が姿を現した。以前報告は受けていたが、まさかこれほど早く小さくなっているとは思わなかった。


「精度はどれぐらいなのだ?」


「簡単な計算であれば、実際に脳内で計算した方が早いですが、難しい計算であればあるほどこちらの計算機の方がより早く正確な値を示します。」


「素晴らしいな・・・・・・」


 今後、間違いなく必要になる装置の一つ、それは計算機だ。俺にはアイという、無敵の計算機がいたから、どんな計算や演算でも一瞬のうちに行う事ができたが、次世代のリーダー達には、そのような超人的な事はできない。だからこそ必要になってくるのがこの計算機だ。

 現在ハーンブルク研究所では、このような分野の研究内容に対して、全体の50%ほどの予算を割いている。将来性やこれからの発展に期待しているのはもちろんだが、急激な軍事力の拡大が必要無くなった分、これらの研究分野に対してより多くの研究予算を回す事ができるようになった。もちろん、国が直接運営しているハーンブルク研究所以外にも、ハーンブルク連邦にはたくさんの研究機関が存在しており、大学や州立研究所、民間の研究所などを全て合わせれば、世界全体のおよそ9割以上がハーンブルク連邦に存在している。これは、驚異的な数値であると同時に、ハーンブルク連邦の力の象徴でもあった。


「この計算機は、大変素晴らしいと思う。だが、私は諸君らがこれで満足しない事を願う。満足してしまえば、更なる発展は望めないという事を脳に刻み込み、諸君らが更なる発展のために尽力する事を切に願う。」


「「「承知致しました、レオルド様」」」


 俺が死ぬ前には、コンピュータが誕生しているかもな。


【コンピュータ程度で止まるとは思えませんね。最低でも、宇宙開発ぐらいは届くかもしれません。】


 宇宙開発、か・・・・・・


【今はまだ夢物語ですが、きっと実現させてみせましょう。】


 俺はアイのセリフに少し違和感を覚えつつ、ハーンブルク研究所を後にした。

 ちなみに、俺がアインからコンピュータが誕生したという報告を受けるのは、想像よりもずっと早かった。

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 どうでもいい話

 移民問題の話を書こうか迷い中

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