第4話 対応

「完全に頭から抜けていたな・・・・・・」


【申し訳ありません、マスター。今回の件は、完全に私の失態です。】


「いや、お前の責任じゃ無い。最終的な判断を下したのは俺だ。」


【マスター・・・・・・】


深夜0時、俺は約1万の兵士を連れて北上していた。空に浮かぶ星々や手元の羅針盤を使って現在地を特定しながら、ガラシオル帝国へと急行中であった。

静かな海を、全速力で突っ走る。


「今は終わった事を振り返る時じゃない、これからどう巻き返すかを考える時間だ。」


【おっしゃる通りですね、マスター】


「早速だが、今入っている情報をまとめて俺に教えてくれ。」


【はい、現在入っている情報によると、『特異体』がガラシオル帝国戦線へと向かっているという情報を得たイレーナさんは橋頭堡を確保しつつ、迎え撃つ準備を進めているとの事です。】


今ここで、俺がどう頑張ったところで、船の速さは変わらない。だがら俺は、ひとまず心を落ち着かせて周辺の状況確認を行った。

こういう時は、冷静になる事が一番大切だ。焦っても、何も解決できない。


「という事はイレーナは、撤退ではなく2正面作戦を選んだのか・・・・・・」


【そのようです。幸い、第二艦隊が付近で待機しているので壊滅は避けられると思いますが、これまでとは比べ物にならないレベルの被害が予想されます。】


「確かにあいつなら、最悪の事態は避けられるだろうな。」


【ですが・・・・・・あまりこういう事は言いたくありませんが、人間とは時に合理性よりも感情を優先する生き物です。絶対の保証はできません。イレーナさんが別の道を選ぶ可能性もあるいは・・・・・・】


「大丈夫だ、イレーナならきっと間違えないはずだ。」


【そうですね。きっとそのはずです。】





レオルドが大規模な撤退作戦を行なっている間も、世界各国では色々な事が起こっていた。

まずはヴァステリア共和国、ゼオン獣王国の隣国であり人類と国境を接するこの国では、ハーンブルク軍によるゼオン獣王国侵攻の知らせが入るやいないや、大混乱に陥っていた。


「今はとにかく情報が欲しいっ!詳細な情報はまだなのかっ!」

「現地の状況はっ!我が国への被害などはどうなっているっ!」


「落ち着いて下さいっ!現在確認中ですが、ハーンブルク軍は現地住民への略奪や殺人などは行なっていないようです。まだ確認中ではありますが、被害は少ないかと・・・・・・」


「そうか・・・・・・」

「まずは一安心だな。」

「あぁ。」


この国には国の代表はいるものの、明確な国王はおらず、様々な種族がそれぞれ代表を選出し、議会によって政治を行なっていた。

人類と国境を接しているものの、人間に対する憎悪は比較的少なく、ここ数十年は戦争が無い国であった。

かと言って、平和ボケしているわけでもなく、軍事力は亜人の国家の中でも指折りの強さを誇っていた。


「さて、今後の対応だが、どうするかね。」

「正直、ハーンブルクがゼオン獣王国を攻撃するのは間違っていない。人類と亜人の対立を抜きにして考えれば、先に戦争を仕掛けたのはゼオン獣王国の方だ。」

「ハーンブルク軍は、しなくてもいい戦争に首を突っ込んだのだ。という事は、少なくとも勝てる算段があるという事だ。」


「仮に、我が国単独でハーンブルク軍を攻撃するとして、勝てると思うか?」


「厳しいかと。」


議員達の問いに、ヴァステリア共和国軍の総大将を務める女は答えた。

それは、贔屓目を抜きにした本音であった。


「仮に我々がハーンブルク領と敵対する事になれば、同じ西方統一同盟の国であるギャルドラン共和国他、ハーンブルク家の傘下とも言える国々が黙ってありません。一応、ギャルドラン共和国との国境と、ゼオン獣王国との国境沿いに部隊を配置してありますが、ハーンブルク単体ですら苦戦する我が軍に、2正面作戦を行う余裕は無いかと・・・・・・」


「防衛戦ならばどうだ。」


「防衛戦なら、あるいは勝機があるかもしれません。」


「そうか・・・・・・」


言うならば、この可能性を想定していなかったヴァステリア共和国の失態だ。事前に、ゼオン獣王国内に駐留軍を派遣するなり、軍事力を強化するなりしておけば、まだ対抗できたかもしれないが、もはやどうする事もできない事は目に見えていた。水際防御ができない以上、地上戦でハーンブルク軍に勝てる可能性は低い。

彼女は、現段階で最も可能性がある案を提案した。


「敵対か、交渉か、噂ではハーンブルク家の当主は知的な人間と聞く、話し合いの道もあるのでは?」


「なるほど、其方の考えも一理あるな。」

「だが、失敗したらどうする、ハーンブルク軍という、大陸で最も強いと恐れられる軍隊が大陸の中央で野放しになるのだぞ。」「だが我々も、支援をした国の一つだ。巻き込まれないという保障がどこにある。」

「やはり、同胞に援軍を求めるのが一番なのではないか?」


「いや、変に刺激して怒りを買ったら元も子もないぞ。ここは、ハーンブルク領の代表との話し合いの場を設けるのが先だ。」


議員の内の1人が声を大にしてそう言うと、周りの者達は押し黙った。この男は別に、議員達の代表というわけでは無かったが、この男よりも良い案が浮かばなかったのだ。


「では、皆、それでよいな。」


議員達は、男の意見に無言で頷いた。

頭の中で、物事の順序を考える。仮に、話し合いの場を作るという目標が達成できなくても、失うモノは無いからだ。

何が必要なのかを考えた結果、男は軍部に向けてこう命令した。


「今すぐに、其方自らが兵500を率いてハーンブルク軍と話し合いの場を設けてこい。我々の要求は、自国の安全のみだ。」


「はっ。」


交渉役という名の捨て駒となれ、と。



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どうでもいい話


3つ前の話『背面』から新しい章になりました。

新しい章の名前は『亜人編』です。

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